はじめに
日銀は、3月26日に消費者物価のコア指標の公表を開始したほか、27日には需給ギャップと潜在成長率、自然利子率の新たな推計を公表した。次回(4月)の政策決定に直接の影響を持つものでないとしても、今後の政策運営で重要な意味をもつとみられる。
消費者物価のコア指標の公表開始
日銀は、かねてから、「基調的なインフレ率を捕捉するための指標」として、CPI上昇率の刈込平均、加重中央値、最頻値、DIを公表してきた。今回からは、制度変更による「特殊要因」の影響を除いたCPI上昇率も、総合(除く生鮮食品)、総合(除く生鮮食品・エネルギー)、総合(除く食料・エネルギー)について公表する。
「特殊要因」の内容は、消費税率の変更、教育無償化政策、2021年の携帯電話通信料の引き下げ、旅行支援策、ガソリンや電気・ガス代等の負担緩和策の各々による影響としている。
筆者が2月のロイターへの寄稿で検討したように、日銀は、基調的なインフレ率の2%目標への収斂を政策目的とする以上、「特殊要因」を除いた消費者物価上昇率に焦点を当てる必要がある。特に今後は、消費税率の変更とエネルギー関連の負担軽減策の影響を除いて考えることが適切である。基調的インフレ率に関する市場との対話の上でも、新たなコア指標は有用とみられる。
推計結果の評価は時期尚早ではあるが、総合(除く、食料・エネルギー)について特殊要因の影響を除いたCPI上昇率が2025年入り後は2%近傍で概ね安定していることが注目される。
その上で、家計や企業のインフレ期待は、総合インフレ率ないし物価水準にも大きく影響される一方、新たなコア指標は、基調的インフレ率の把握のためにこれらの要素を捨象している点に注意する必要がある。インフレ期待の把握には、「展望レポート」等で引用する合成指標も含めて、別の指標が引続き重要である。
「特殊要因」の内容は、消費税率の変更、教育無償化政策、2021年の携帯電話通信料の引き下げ、旅行支援策、ガソリンや電気・ガス代等の負担緩和策の各々による影響としている。
筆者が2月のロイターへの寄稿で検討したように、日銀は、基調的なインフレ率の2%目標への収斂を政策目的とする以上、「特殊要因」を除いた消費者物価上昇率に焦点を当てる必要がある。特に今後は、消費税率の変更とエネルギー関連の負担軽減策の影響を除いて考えることが適切である。基調的インフレ率に関する市場との対話の上でも、新たなコア指標は有用とみられる。
推計結果の評価は時期尚早ではあるが、総合(除く、食料・エネルギー)について特殊要因の影響を除いたCPI上昇率が2025年入り後は2%近傍で概ね安定していることが注目される。
その上で、家計や企業のインフレ期待は、総合インフレ率ないし物価水準にも大きく影響される一方、新たなコア指標は、基調的インフレ率の把握のためにこれらの要素を捨象している点に注意する必要がある。インフレ期待の把握には、「展望レポート」等で引用する合成指標も含めて、別の指標が引続き重要である。
需給ギャップと潜在成長率の新たな推計
日銀は、需給ギャップと潜在成長率の推計値を公表してきた。今回、調査統計局が公表したレポートは、GDP統計の基準改訂と経済構造の変化を反映して推計方法を改訂したと説明している。
主な改訂点は、①資本稼働率の推計に使用するデータを付加価値ベースへ変更、②構造失業率の推計における民間求人サービスの考慮、③潜在成長率の推計におけるGDP改訂を映じたTFPの使用である。ただし、マクロ的な生産関数を仮定し、資本と労働の稼働率(トレンドからの乖離)をもとに需給ギャップを推計する考え方自体は維持される。
このうち①では、製造業稼働率の「分子」として、数量ベース(鉱工業指数の生産指数)に代わって、付加価値ベース(新たに利用可能となった生産QNA)のデータを用いることがポイントである。上記のレポートは、従来は付加価値上昇を把握しきれなかった(稼働率に下方バイアスが生じた)と説明している。
②については、欠員率の推計において、有効求人数に加えて、 2020年以降について、労働経済動向調査の未充足求人と常用労働者の労働過不足判断DIの組み合わせによる民間媒体での求人動向も加味することがポイントである。同時にBeverage Curveの切片の変動を加味して、構造失業率の推計を改訂している。
上記のレポートは労働投入ギャップに関する分析にも紙幅を割いている。就業率ギャップ(上記②)に加えて、1)労働力ギャップについては、女性や高齢者の労働参加の拡大といった、景気循環とは独立した要素の除外、2)労働時間ギャップについては、労働力調査の活用や出勤日数と一日当たり労働時間への分割等を通じて、働き方の多様化等の影響の除外、によってトレンドの適切な把握が可能になったと説明している。
推計結果の評価は時期尚早であるが、需給ギャップ自体には大きな変化がない。ただし、2023年以降は需給ギャップがプラスで推移していたことになったほか、物価ベースのPhilips Curveも統計的な有意性が改善した。賃金上昇率やCPI上昇率に対して、需給ギャップに加えて、労働需給を反映する一部の指標が、統計的に追加的な説明力を有する点も注目される。
主な改訂点は、①資本稼働率の推計に使用するデータを付加価値ベースへ変更、②構造失業率の推計における民間求人サービスの考慮、③潜在成長率の推計におけるGDP改訂を映じたTFPの使用である。ただし、マクロ的な生産関数を仮定し、資本と労働の稼働率(トレンドからの乖離)をもとに需給ギャップを推計する考え方自体は維持される。
このうち①では、製造業稼働率の「分子」として、数量ベース(鉱工業指数の生産指数)に代わって、付加価値ベース(新たに利用可能となった生産QNA)のデータを用いることがポイントである。上記のレポートは、従来は付加価値上昇を把握しきれなかった(稼働率に下方バイアスが生じた)と説明している。
②については、欠員率の推計において、有効求人数に加えて、 2020年以降について、労働経済動向調査の未充足求人と常用労働者の労働過不足判断DIの組み合わせによる民間媒体での求人動向も加味することがポイントである。同時にBeverage Curveの切片の変動を加味して、構造失業率の推計を改訂している。
上記のレポートは労働投入ギャップに関する分析にも紙幅を割いている。就業率ギャップ(上記②)に加えて、1)労働力ギャップについては、女性や高齢者の労働参加の拡大といった、景気循環とは独立した要素の除外、2)労働時間ギャップについては、労働力調査の活用や出勤日数と一日当たり労働時間への分割等を通じて、働き方の多様化等の影響の除外、によってトレンドの適切な把握が可能になったと説明している。
推計結果の評価は時期尚早であるが、需給ギャップ自体には大きな変化がない。ただし、2023年以降は需給ギャップがプラスで推移していたことになったほか、物価ベースのPhilips Curveも統計的な有意性が改善した。賃金上昇率やCPI上昇率に対して、需給ギャップに加えて、労働需給を反映する一部の指標が、統計的に追加的な説明力を有する点も注目される。
自然利子率の新たな推計
日銀は、2024年末に公表した「多角的レビュー」で、6種類の計量モデルによる推計結果として、2023年第1四半期時点での自然利子率が▲1%~+0.5%のレンジにあるとの見方を示した。
今回、企画局が公表した日銀レビューは、前節でみた需給ギャップや潜在成長率の新たな推計結果をもとに、同様な手法で再推計した結果、2025年第3四半期時点での自然利子率が▲0.9%~+0.5%のレンジにあるとの見方を示した。
推計結果は概ね不変に見えるが、本レビューが指摘するように足元で上昇の兆しがあるほか、レンジを「押し下げる」時系列モデルの推計は、実質金利が中長期的に自然利子率の周辺で変動するとの仮定が(過去の)我が国にとって不適切である可能性がある。加えて、推計では捨象される海外金利の波及などを考えると、前回の推計よりも上昇した可能性が示唆される。
もちろん、このレビューが示すように、構造モデルでも推計誤差は相応に大きい一方、前回推計からの改定幅も一部のモデルを除いて小さい点では、上昇幅は大きくないと考えられる。
その上で、本レビューは、自然利子率(あるいは予想インフレ率を加えた中立金利)に直接に依拠して政策運営を行うことは適切でない点を確認し、米欧の中央銀行による対応を紹介しながら、我が国の金融環境の緩和度合いを評価する上で有用と考えられる多様な指標を挙げている。
この点自体に関しては、昨年末から年初にかけての中立金利を巡る様々な議論を通じて、日銀と金融市場との間で概ね理解が共有されている。一方で、筆者が1月のロイターへの寄稿で検討したように、中立金利は中央銀行と金融市場との対話における重要なツールの一つではあり、今回のレビューの公表もそうした対話の一環と捉えることもできる。
さらに言えば、本レビューも認めているように、米欧の中央銀行が、中立金利との距離でなく、経済・物価・金融に関するデータをより丁寧に点検するのは、政策金利が中立領域に接近・到達した状況である。そうした特徴が日本にも当てはまるとすれば、情報発信のあり方の変化は、日銀による中立金利の評価を暗黙の裡に示唆する効果も持ちうる。
今回、企画局が公表した日銀レビューは、前節でみた需給ギャップや潜在成長率の新たな推計結果をもとに、同様な手法で再推計した結果、2025年第3四半期時点での自然利子率が▲0.9%~+0.5%のレンジにあるとの見方を示した。
推計結果は概ね不変に見えるが、本レビューが指摘するように足元で上昇の兆しがあるほか、レンジを「押し下げる」時系列モデルの推計は、実質金利が中長期的に自然利子率の周辺で変動するとの仮定が(過去の)我が国にとって不適切である可能性がある。加えて、推計では捨象される海外金利の波及などを考えると、前回の推計よりも上昇した可能性が示唆される。
もちろん、このレビューが示すように、構造モデルでも推計誤差は相応に大きい一方、前回推計からの改定幅も一部のモデルを除いて小さい点では、上昇幅は大きくないと考えられる。
その上で、本レビューは、自然利子率(あるいは予想インフレ率を加えた中立金利)に直接に依拠して政策運営を行うことは適切でない点を確認し、米欧の中央銀行による対応を紹介しながら、我が国の金融環境の緩和度合いを評価する上で有用と考えられる多様な指標を挙げている。
この点自体に関しては、昨年末から年初にかけての中立金利を巡る様々な議論を通じて、日銀と金融市場との間で概ね理解が共有されている。一方で、筆者が1月のロイターへの寄稿で検討したように、中立金利は中央銀行と金融市場との対話における重要なツールの一つではあり、今回のレビューの公表もそうした対話の一環と捉えることもできる。
さらに言えば、本レビューも認めているように、米欧の中央銀行が、中立金利との距離でなく、経済・物価・金融に関するデータをより丁寧に点検するのは、政策金利が中立領域に接近・到達した状況である。そうした特徴が日本にも当てはまるとすれば、情報発信のあり方の変化は、日銀による中立金利の評価を暗黙の裡に示唆する効果も持ちうる。
プロフィール
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井上 哲也のポートレート 井上 哲也
金融イノベーション研究部
内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。