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日本銀行6月会合にみられた「変化」

6月15・16日に開催された日本銀行の金融政策決定会合では、市場の予想通り政策金利が0.25%p引き上げられ、31年ぶりに1%とされた。利上げの理由として、経済が4月に示した中心的な見通しに概ね沿って推移しているもとで、基調的な物価が2%の物価安定目標を超えて上振れていくリスクがあるためと説明された。当面の金融政策はこれまで通り「金融緩和の度合の調整」を主眼としつつも、徐々に「インフレ期待・物価上振れリスクの抑制」に軸足が移る見込みである。

もっとも、4月時点に警戒されたような大幅な景気悪化リスクは後退したとはいえ、いまだ景気の底堅さには自信が持てない状況にあるため、「金融緩和の度合の調整」には一層の慎重さが求められる。

この点に関連して前回会合で筆者が注目したのは、「金融緩和の度合」に関する日銀の説明に、大きな変化がみられた点だ(注1)。日銀はこれまで「金融緩和の度合」を対外的に説明する際、主に「実質金利」や「中立金利」を用いることが多かった。ところが、声明文から「実質金利はきわめて低い」との文言が削除されたほか、中立金利については内田副総裁が記者会見で、推計値のばらつきが大きく、金融政策の実践をしていく立場から言うと、あまり使えない(注2)、と明確に有用性を否定した(注3)。

今後は、実質金利や中立金利に頼らないとすれば、日銀は政策判断の目安となる「金融緩和の度合」をどう説明していくか、市場とのコミュニケーションの観点からも注目される。そこでは、日銀がどういった指標を判断のためにモニタリング・分析しているのかという「測り方」と、どの指標を重視したのかという「伝え方」が重要になる。以下では、この2つの点を検討したい(注4)。

間接金融主体の金融構造に即した分析・判断が重要に

まず、「測り方」に関して、海外と比較した場合に日本で特に重視すべき経済・金融構造は、企業の資金調達が銀行や信用金庫・信用組合に依存している「間接金融中心の金融構造」であることだ。したがって、金融緩和の度合を確認する上では、「資金の需要側である企業」と「資金の供給側である金融機関」の双方の目線から捉えることが重要となる。

日本銀行も双方の視点から点検している(注5)が、相対的には企業に対するサーベイ結果が占める比重が高いようにみえる。しかし、緩やかながら利上げが進行している今、徐々に供給側である金融機関の目線が重要になると考える。特に今次局面のように、直接金融にアクセスできる大企業の堅調さと間接金融依存度が高い中小・零細企業の弱さが対照的である状況では、間接金融の担い手である金融機関側の意識の変化を丁寧に見ていく必要がある。

金融機関の目線を確認する意味では、日本銀行は四半期に一度、「主要銀行貸出動向アンケート調査」を実施し、銀行に対して貸出需要や貸出態度、貸出条件の変化などを調査・公表している。ただし、金融機関側の意識を詳細まで把握しきれない、質問によって回答数に大きなばらつきがある、時系列データとして利用できる回答も限られる、といった課題がある。

海外の主要中銀では、類似の金融機関向けのサーベイとして米国のSLOOS(Senior Loan Officer Opinion Survey on Bank Lending Practices)やユーロ圏のBLS(Bank Lending Survey)、英国のCCS(Credit Conditions Survey)などが実施されている。そこでは、銀行自身の流動性・資金調達コストや、経済見通し、特定セクターの見通し、競争環境、貸し手別の貸出態度、貸出態度が変化した要因など、日本と比較すると詳細なデータを時系列で確認できる。日本でもこうしたサーベイを参考に、金融機関側へのサーベイを充実させるのが有用と考える。

「金融緩和の度合」を伝える工夫も必要

次に、「伝え方」、すなわちこれからの日銀のコミュニケーションについても、工夫の余地がある。「展望レポート」は日銀の金融政策運営に関する判断材料を確認できる最も重要な資料だが、注釈Ⅴで触れたように、「展望レポート」で確認できる金融機関に関する分析は限定的だ。

この点を補うとしたら、日銀が半期に1度、金融システム安定の観点で作成している「金融システムレポート」の活用が考えられる。「金融システムレポート」には、金融機関の収益力やリスクテイク・金利リスクの状況など金融機関の貸出態度の変化を掴み得る分析が含まれている。今後、「金融緩和の度合」の点検が重要になるからこそ、前節で指摘したような詳細なサーベイを整備することと並行して、既に日銀が蓄積してきた金融機関運営に関する分析や考察を、金融政策運営に関連づけて公表していく工夫が有用ではないか。

また、より視認性を高める工夫という意味では、上記の「金融システムレポート」で採用されているヒートマップ(注6)を発展させ活用することも一案だ。既に採用されている14項目だけでなく、金融緩和度合を判断する際に参照すべき指標を追加しつつ、例えば利上げ時に、国民に対して「全体としてこれらの指標を点検しているが、特に今の局面では〇〇の観点から、□□の指標の過熱感がインフレリスクにつながることを警戒している」といったコミュニケーションをとることが可能になる。

加えて、複数の指標を合成して単一の指標のように見せる工夫もありうる。例えば、IMF等の国際機関や米・欧の中央銀行は、FCI(Financial Conditions Index)と呼ばれる合成指数を作成・公表している(注7)。日本においてもこれらを参考にしつつ、間接金融市場の役割が大きいという日本の金融経済構造を反映した日本独自のFCIを新たに作成してはどうか。

こうした指標の充実、コミュニケーションの工夫は、現在のように景気を抑制する方向に働く利上げ局面において特に重要であり、利上げ局面における中央銀行の政策に対する信頼・信認の獲得こそが、物価安定目標の達成に不可欠である。
 

(注1)日本銀行「金融市場調節方針の変更について」(2026年6月16日)

(注2)日本銀行「金融政策決定会合における主な意見(2026年6月15、16日開催分)」(2026年6月24日)では、中立金利と関連づけた先行きの金融政策運営方針の表現修正を求める意見がみられた一方で、政策推理と中立金利の水準を比較する観点から利上げを議論する意見も2点挙げられており、6月時点で、政策委員の間でも政策判断に中立金利をどのように活用するか、統一された意見は形成されていなかったとみられる。

(注3)日本銀行「総裁記者会見(内田副総裁代理・6月16日分)」(2026年6月17日)

(注4)日本銀行は、「金融市場調節方針の変更について」(2026年6月16日)において、4月までの「現在の実質金利が極めて低い水準にあることを踏まえると」という表現を「現在の金融環境が緩和的であることを踏まえると」という表現に変更した。

(注5)日本銀行が四半期に1度公表する「経済・物価情勢の展望」(通称・展望レポート)で取り上げられている「金融環境」の項目を確認すると、全体を概観する指標として「短期金利」「短中期の実質金利」「企業の資金調達コスト」「企業の資金繰り」「企業の資金需要」「マネーストック」が挙げられており、間接金融市場と連関が強い指標として「企業からみた金融機関の貸出態度」「貸出残高」、直接金融市場と連関が強い指標として「CP発行環境」「CP・社債発行残高」が挙げられる。また、6月の植田総裁の講演では、「企業の金利負担を背景とする倒産件数」も指摘された。このうち、「企業の資金調達コスト」「企業の資金繰り」「企業の資金需要」「企業からみた金融機関の貸出態度」「CP発行環境」は、いずれも企業に対するサーベイ結果である。

(注6)日本銀行は、同レポートにおいて、ヒートマップについて「1980年代後半のバブル期にみられたようなマクロ的な⾦融活動の過熱を早期に把握する観点から、同時期に過熱⽅向のシグナルを発していた14指標を⾦融活動指標として選定し、それらのトレンドからの乖離状況について3⾊に⾊分けしたものである」と説明している。ヒートマップに掲載されている14の系列は以下の通り:「金融機関の貸出態度判断DI」「M2成長率」「機関投資家の株式投資の対証券投資比率」「株式信用買残の対信用売残比率」「民間実物投資の対GDP比率」「総与信・GDP比率」「家計投資の対可処分所得比率」「家計向け貸出の対GDP比率」「企業設備投資の対GDP比率」「企業向け与信の対GDP比率」「不動産業実物投資の対GDP比率」「不動産業向け貸出の対GDP比率」「株価」「地価の対GDP比率」。

(注7)たとえば、IMFは過去に「Global Financial Stability Report」や、日本の「Financial Sector Assessment Program」にて、IMFスタッフ推計として日本のFCIを掲載したことがあるが、これらはあくまでも直接金融市場のデータが重視されたFCIである。

プロフィール

  • 石川 純子のポートレート

    石川 純子

    金融イノベーション研究部

    

    大学卒業後、日本銀行で米英や新興国の金融経済やマクロ政策に関する調査と日銀自身による政策決定に資する資料作成に携わった後、米国コロンビア大学大学院で公共政策学の修士を取得。NRIに入社後はこうした経験と知見を活かしつつ、金融環境が激変する下での中央銀行や監督当局による政策対応やデジタル通貨の運営を考える「金融市場パネル」や「通貨と銀行の将来を考える研究会」の企画・運営に順次携わるほか、専門的知見を有する英国・欧州に重点を置きながら、マクロ政策運営について意見を発信。サステイナブル金融についても、主として政策や規制の面から課題や対応に関する調査へとスコープを拡大中。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。