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対中追加関税率の引上げ検討を指示

米通商代表部(USTR)は7月10日、中国からの輸入品2,000億ドル(約22兆円)相当について新たな関税対象リストを発表した。これには当初10%の関税を課す方針であったが、トランプ政権は8月1日、関税率を25%へと引き上げることを検討するようUSTRに指示した。

トランプ大統領は大統領選挙時には中国からの輸入品に45%の追加関税をかけるべきと主張していた。これに照らせば10%では影響が小さすぎると判断したのかもしれない。また、欧州との貿易摩擦でとりあえず停戦合意がなされたことが、中国に対する姿勢をより強硬にした面もあろう。さらに中国を攻撃するチャイナバッシングは、中間選挙に有利との政治的判断もあるだろう。

深刻なブーメラン効果

しかし制裁関税の範囲を広げれば、その対象には多くの消費財が含まれることになり、米国の消費者にもより大きな打撃が及ぶ。追加関税率を引き上げれば、その打撃はさらに大きくなる。中国経済に打撃を与える措置が米国経済への打撃となって跳ね返ってくるこの「ブーメラン効果」を、トランプ政権が配慮していない訳ではないだろう。

この点から、関税率引き上げの検討指示は、貿易問題で中国側の譲歩をより引き出すための脅しという側面が大きいのではないか。

対中貿易政策を巡る米政権内での覇権争い

一方今回の措置は、米政権内での対中強硬派の巻き戻しという面があるとも指摘されている。

米政権内では、中国との貿易政策を巡って対中強硬姿勢が強いグループと、対中摩擦を抑制しようとするグループの間で覇権争いが際立っている。前者の代表格は、大統領補佐官のピーター・ナバロとロバート・ライトハイザーUSTR代表だろう。一方後者の代表格は、スティーブン・ムニューシン財務長官とローレンス・クドロー国家経済会議(NEC)委員長だ。

今回の措置は、対中強硬派がトランプに進言したことで実現したとの報道もある 。対中制裁関税の対象は、全体で4,000億ドルまではいかないとしても、少なくとも2,500億ドルにすべきだと主張したと言う。対象をより絞ったうえで、関税率を引き上げた方が、米国へのブーメラン効果を極力抑えつつ、中国への打撃を大きくできるよう対象品目をより選別することができるだろう。

このような米政権内での覇権争いが、今後も中国に対するトランプ政権の貿易政策を大きく左右し続けるだろう。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。