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米国の経常赤字は先行き大幅に拡大する見通し

米国の双子の赤字問題が再び注目を集めている。米国の経常収支(財貿易収支にサービス貿易収支、所得収支などを加えたもの)のGDP比率を見ると、2017年は-2.4%だった。これは2011年以降の平均値-2.5%とほぼ同じ水準であり、足もとで経常赤字が大幅に拡大しているわけではない。また、米国の双子の赤字問題が金融市場で深刻視され、それらを背景に株価が急落(ブラックマンデー)した1987年の-3.4%と比べて、まだマイナス幅は小さい。

問題は足もとの状況ではなく、先行きの経常収支が悪化していくと予想されることだ。国際通貨基金(IMF)の見通しによると、2018年には同比率は-3.0%、2019年には-3.4%とさらに悪化し、1987年の水準に並ぶと予想されている。 その背景には、海外経済と比較して米国経済が良好さを維持し、その結果、米国の輸入が拡大するとの見通しがある。さらに、米国経済を刺激するのが、2017年末に実施された10年間で1.5兆ドルの大型減税と社会保障関連、国防関連などでの歳出増加策だ。米国経済は次第に需給ひっ迫傾向を強めている。国内での供給が需要に追い付かなくなりつつあるなかで、政府が大規模な需要を作り出せば、その需要は輸入の増加によって賄われるのは自然なことだ。

財政赤字のGDP比率は5%を超える見通し

米国の財政赤字についても、経常収支と似た構図だ。リーマンショック後の急激な景気悪化による税収減と景気対策によって、2009年の財政収支のGDP比率は、2009年には一時的に-10.8%と2桁に乗せた。しかしその後は改善傾向を辿り、2017年の同比率は-3.7%と、2000年代の平均値-4.7%よりも低い水準にある。

しかし、先行きについては財政環境の急速な悪化が見込まれている。米議会予算局(CBO)の見通しによれば、財政収支のGDP比率は2022年度まで悪化の一途を辿り、そのマイナス幅は5%を超えると予想されている。

財政環境の悪化は、政府の資金調達の拡大を通じて長期金利を押し上げ、経済活動に悪影響を与える。また将来、経済環境が悪化した際に、財政出動という政策を選択できる余地を狭めてしまうという問題もある。2018年下期に米財務省が発行する財務省証券の総額は7,690億ドルと見込まれているが、これは前年同期と比べて+63%の大幅増加だ。

過度な財政拡張策が米国長期金利上昇リスクに

第2次世界大戦後の推移を振り返ると、米国で財政赤字のGDP比率のマイナス幅が5%を上回った局面は、景気後退後の2回しかない。現在のように景気環境が良好で、さらに先行きも景気回復を前提とするなかで財政赤字のGDP比率のマイナス幅が5%を上回る見通しとなっているのは、かなり珍しいことだ。これは、現在、如何に例外的な財政拡張策がとられているかを裏付けているだろう。

トランプ政権の中期財政見通しでは、このCBOの見通しほどには財政赤字幅は拡大しないが、それは3%の高い成長が続くという、かなり楽観的な前提による。さらにトランプ政権は、国防費以外の支出を抑制することを提案しているが、その中には研究開発関連、教育費、住宅関連などの重要な項目が含まれており、その支出削減が実現できるかどうかについては、不確実性が高い。

中期的に米国財政収支の歴史的な悪化傾向が続き、それが貿易・経常赤字の拡大をもたらすとの期待が金融市場で強まっていけば、いずれは米国が海外から円滑に資金調達ができるかどうか、大きな懸念が浮上することになろう。それはドルの信認低下を伴う形で、ドルの大幅下落と、長期金利の大幅上昇を生じさせかねない。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。