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米中貿易協議が2カ月ぶりに再開へ

8月22、23日に、米中貿易協議が2カ月ぶりに再開される。前回の協議では、両国間で一時停戦が合意されたものの、トランプ政権がそれを無視する形で、500億ドルの制裁関税導入を決め、さらに2,000億ドルの制裁関税リストを公表したため、両国間の対立が一気にエスカレートしたという経緯がある。23日には、500億ドルの制裁関税のうち既に実施された第1弾に次ぐ第2弾の160億ドル分が実施され、中国も報復関税を実施する見込みだ。再開される米中貿易協議では、米国による2,000億ドルの追加制裁関税の導入が回避できるかどうかが最大の争点となる。

今回再開される協議が、米中貿易戦争のエスカレートに一定の歯止めを掛けることに繋がる可能性はあるのではないか。トランプ政権は9月中にも2,000億ドルの制裁関税を導入することを検討しているとみられるが、少なくともその実施時期を先送りさせる効果を持つかもしれない。ただし、再開される米中貿易協議の初回会合は、米中共に次官級レベルであり、ここで明確な合意がなされることはないだろう。その後、両国の交渉者がより上位ランクの人物となる中で、何らかの合意に近づく可能性があるだろう。

両国ともに貿易戦争のエスカレート回避のインセンティブ

トランプ政権にとっては、2,000億ドルの制裁関税実施は、500億ドルの制裁関税導入とは明らかに異なるステージに入ることを意味する。関税対象を拡大させることで、多くの消費財がそこに含まれることが避けられなくなり、米国消費者への打撃が格段に大きくなるためだ。この点から2,000億ドルの制裁関税導入は、トランプ政権にとって「諸刃の剣」であり、中国側が明確に譲歩するのであれば、その実施を回避したいという思いはあるだろう。

他方、中国政府にとっては、米中貿易戦争がエスカレートすることによる中国経済への打撃を何とか回避したいという意向は強い。さらに、米中貿易戦争をエスカレートさせた習近平国家主席に対する国民から、あるいは共産党内での批判も高まっていると報じられており、その対応を誤れば、政治的・社会的な不安定化に繋がるリスクもあるだろう。

中国側の譲歩で一時停戦も

再開される米中貿易協議では、米国側は、対中貿易赤字の削減、関税引き下げ、米国企業に対する技術移転要求の廃止、外資系企業の市場アクセス改善、人民元安対策を中国側に要請する考えと報道されている。これらについては、中国側は相当譲歩する可能性があるだろう。

しかしトランプ政権が最も警戒しているのは、中国の先端産業育成を図る国家戦略「中国製造2025」が、国家の強権のもとで強力に推し進められ、米国の経済的、軍事的覇権を揺るがしてしまう可能性である。しかし中国政府にとっては、そうした産業政策を修正することは現在の体制を否定することにも繋がることから、容易には受け入れがたい。このように、両国間の貿易戦争は、経済的・軍事的覇権を巡る争いであり、さらに両国間の政治・経済体制の優劣を巡る争いともなってきている。

ただし、この「中国製造2025」について、巨額の政府の補助金政策を見直すなど、中国政府が何らかの譲歩の姿勢を示すことで、一時停戦に繋がる可能性はあるのではないか。しかしそれでも、国家戦略「中国製造2025」の関連する中国政府の政策について、その修正を米国側が詳細に検証していくことは不可能だろう。中国政府は米国側に一定の譲歩を見せつつも、実質的には「中国製造2025」に関する政府の政策姿勢を変えないことも十分に可能だ。結局、一時停戦で合意されても、それは時間稼ぎに過ぎなかったとして、再び米国政府が中国に対する対決姿勢を強めていくというシナリオも考えられるところだ。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。