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株価下落がIMF年次総会で議論

筆者は現在、国際通貨基金(IMF)年次総会が開かれているインドネシアのバリ島に来ている。同会議の開催日程と重なる形で、世界同時的に株価下落が生じたことから、こうした金融市場の動向もにわかに議題として浮上している。IMFのラガルド専務理事やムニューシン米財務長官は、長期にわたる株価上昇後にしばしば起きる自然な調整であるとの見方を示し、米国経済の強いファンダメンタルズに変わりがないことを強調している。

他方、同会議に参加している中央銀行総裁らにとって、到底看過できないのは、トランプ大統領による明確な米連邦準備制度理事会(FRB)批判だ。トランプ大統領は、株価下落の原因はFRBの過度な金融引き締めにある、FRBは正気を失っている、FRBよりも自身の方が金融政策を分かっている、と米大統領としては信じ難い発言を繰り返している。こうした発言こそが、世界的な株価下落を助長しているのではないか。ちなみに当地では、クルドー米国家経済会議議長が、米政府はFRBを攻撃したことはないと、トランプ大統領の発言の火消しに回っている。

市場の警鐘を無視し続けるトランプ政権

米国でのインフレ懸念の浮上、それを受けた長期金利上昇が株価下落の引き金になったという点で、今回の事態は今年2月の株価下落とよく似ている。先行き、米国でインフレリスクがより顕在化した場合、FRBの金融引き締めを通じたインフレ抑制措置がトランプ大統領によって妨げられる、との懸念が、市場に将来のインフレリスクをより意識させ、長期金利上昇のリスクを高める可能性がある。

ところで、トランプ大統領のFRB批判も含めて、トランプ政権の政策がドルの信認を低下させ、海外からの資金流入が鈍化するとの懸念が、米国債券安、株安、ドル安のトリプル安の底流にあるのではないか。大型減税など米国内での過剰な需要創出が、財政悪化とともに、輸入増加を通じた貿易赤字、つまり双子の赤字問題を深刻にさせている。他方で、貿易赤字は他国の不公正な貿易慣行と不当な通貨切り下げによって生じていると主張し、トランプ政権は保護貿易主義を激化させている。こうした政策姿勢が変わらないのであれば、先行き、双子の赤字問題はより深刻となり、また、トランプ政権はドル安政策を志向して、中長期的なインフレ抑制が難しくなる、つまり中・長期的なドル価値の安定が揺らぐとの見方が広がろう。これは、米国への資金の流入を妨げ、米国市場のトリプル安から、世界の金融市場の大きな混乱ヘ繋がり兼ねない。

今年2月の株価下落は、ドルの信認を損ねるトランプ政権の経済政策に対する市場の警鐘だったと言えるだろう。現在の市場の調整は、警鐘を無視したトランプ政権に対する再度の警鐘と言えるのではないか。トランプ政権が市場の警鐘を無視し続ければ、いずれ、警鐘のレベルにとどまらないより深刻な危機的状況を誘発しかねない。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。