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「自力更生」を訴える習国家主席

米中間の貿易戦争が激化するなか、中国の習近平国家主席は、海外から輸入される部品に依存する体質から脱する「自力更生」の重要性を、国内製造業に訴えている。

習主席は、今年40年を迎えた改革・開放政策の中心地である南部の広東州を2018年10月に訪れ、当地の家電大手である「格力電器」の幹部らに、「大国から強国になるには実体経済の発展が重要だ。鍵となる製造業は自力更生で奮闘し、自ら技術革新する能力を早急に高めないといけない」、と檄を飛ばしたという。習主席は、9月下旬の黒龍江省視察時にも同様な発言をしている。「自力更生」は、毛沢東時代にしばしば用いられたスローガンだ。

習主席の発言の直接的なきっかけになったと見られるのが、4月に起きた中国通信機器大手の中興通訊(ZTE)事件だ。米商務省は、同社がイランや北朝鮮に対し通信機器を違法に輸出していたとして、米企業によるZTEへの製品販売を7年間禁止することを決めた。同社に半導体などを輸出する米企業にも大きな打撃となったこともあり、この決定は比較的短期間で撤回されたが、この間、ZTEは破綻の危機に瀕した。こうした経験が、習主席の発言に繋がったのだろう。

9月に黒龍江省を視察した際に、習主席は、「国際的に、先端技術、重要技術を入手することはさらに難しくなっている。2国間主義、保護貿易主義が高まるなか、我々は『自力更生』を進めざるを得なくなっている」と発言したと言う。このうち、前半部分は中国国営テレビで報道される際、そして人民日報に掲載される際に削除されたという(注1)。それは、該当部分は米国やその他の国々から知的所有権侵害と強く批判されている、海外からの技術、情報の入手を認めたもの、と受け止められるおそれがあったためとみられる。

「自力更生」で国有企業重視か

中国が「自力更生」を進める強い覚悟を持っているのであれば、他国との知的所有権侵害を巡る問題も、今後は緩和されていくのかもしれない。他方、「自力更生」は米国にとっては脅威でもある。中国は産業育成策の「中国製造2025」の中で、半導体の内製化率を現在の10%超から75%まで引き上げていくことを目指している。米国はそれによって米国産業の優位性が低下することを強く警戒しているが、ZTE事件など米国の保護主義的な政策が、中国経済や企業の競争力を削ぐのではなく、より自立性を高める方向に働くのであるとすれば、それは皮肉なことだろう。

また、「自力更生」というスローガンは、中国政府が民間経済活動に対する関与の度合いを強め、また、それを実現するために政府が直接コントロールしやすい国有企業をより重視する姿勢の表れだ、との指摘もある。仮にそれが正しいのであれば、中国の経済システムが、米国が望むものとは全く逆の方向に動いていくことになる。その結果、政治・経済面での体制の優位性を争う米中間での体制争いの傾向も、今後はより激化するのではないか。

(注1)"Xi invokes Mao with call for 'self-reliance'", Financial Times, November 13, 2018

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。