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米国でキャッシュアウトが活況

米国では、金利の上昇傾向を受けて、利払い負担を軽減するために、住宅ローンを長期固定金利型に借り換える動きが活発になっている。この際に、あわせてキャッシュアウト・リファイナンス(以下、キャッシュアウト)がなされる割合が極めて高く、これが堅調な個人消費を支える一因となっている。

キャッシュアウトは、借り換え(リファイナンス)の際に、ホーム・エクイティの一部を現金化して、実質的に低利の消費者ローンとして利用する手段として活用されている。ホーム・エクイティとは、住宅のネット資産価値のことであり、住宅の資産価値から住宅ローン未返済残高を差し引いた額のことだ。いわば、住宅所有者の正味の持分である。

ローンの返済を進めることで、あるいは不動産価格の上昇で住宅の価値が高まることで、ホーム・エクイティは増加する。それを担保にすれば、住宅ローンの借り換え時に、ローン残高を積み増すことができる。これが、キャッシュアウトだ。

例えば、ローン残高10万ドルを借り換える際に12万ドル借り入れ、これまで蓄積したホーム・エクイティから2万ドル取り崩すことになる。形式的にはリファイナンスだが、キャッシュアウトした部分は手許に残る。これは、住宅を担保にした実質的な消費者ローンだが、通常の消費者ローンと比べれば金利が圧倒的に安い。例えばクレジットカードによる借入れでは、平均で年18%程度の利払い負担が生じるが、30年固定型住宅ローン金利は4.8%程度と4分の1程度で済む。

リーマン・ショック時と同様のリスク

2018年7-9月期には、住宅ローンの借り換え時にキャッシュアウトが行われるケースが、全体の8割以上に及んだという。そして、キャッシュアウトの規模は、146億ドルに達したという(注)。これは、年末商戦を支えることになるだろう。

このキャッシュアウトは、リーマン・ショック前にも盛んに行われていた。しかし、ひとたび住宅価格が下落すると、ホーム・エクイティは急速に縮小し、キャッシュアウト分の債務は、家計の大きな負担となった。それが消費を抑え、リーマン・ショック後の景気の悪化を加速させた面もある。そうした大きなリスクを抱えたキャッシュアウトが、再び活況となってきたのである。2006年には、3四半期連続でキャッシュアウトの規模が800億ドルを超えた時期もあった。それと比べれば、現状はまだ控えめだ。

ただし、借り換えの行動は金利先高観によって促されている一方、金利上昇自体は、住宅の新規借り入れ意欲を着実に低下させる。それが住宅の需給を悪化させ、住宅価格の下落に繋がれば、リーマン・ショック時と同様の事態に発展するだろう。キャッシュ・アウトに支えられた個人消費の堅調は、金利上昇を受けた景気減速、住宅市況悪化が近づいてきたタイミングで生じやすい、むしろ一種のウォーニング・サインと言えるのではないか。

年末商戦は堅調が予想されているが、年明け後は関税率の一段の引き上げにより物価上昇が促され、金利上昇と共に個人消費に逆風となるだろう。そうした流れをさらに後押しし、消費や景気の減速を助長してしまう可能性があるのが、現在のキャッシュアウトの活況なのではないか。

(注)"Cash-Out Refis Reach a Record", Wall Street Journal, November 26, 2018

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。