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マクロン仏大統領は黄色いベスト運動に譲歩

「黄色いベスト(ジレ・ジョーヌ)運動」と呼ばれる抗議デモの拡大が、フランスのマクロン大統領が進めてきた経済改革に、大きく修正を迫る事態となっている。

黄色いベスト運動は当初、フランス政府が予定していた燃料税の引き上げを中止することを要求するものだった。デモの拡大を受けて、仏政府は燃料税引き上げの実施を6か月間延期すると発表したが、それでもデモは鎮静化していない。このデモは、マクロン大統領に対する幅広い抗議運動、そしてマクロン大統領の退陣を求める運動へと拡大しているためだ。

企業寄りの改革を進めるマクロン大統領は、高学歴、投資銀行出身という肩書や、自由市場支持という政策姿勢が大衆の反感を買い、「金持ち大統領」と批判されるようになっている。

マクロン大統領は10日、最低賃金を月額100ユーロ(約1万3千円)引き上げることや、年金受給者への減税などを約束した。それでも、対応が不十分として、デモはなお鎮静化の兆しを見せていない。大統領が譲歩を重ねたことが、デモ隊をさらに増長させている面もある。

経済改革の交代とポピュリズムの拡大

マクロン大統領は、2017年の大統領就任直後から、財政再建を改革の柱の一つに据えてきた。2019年の財政赤字もGDP比2.8%と3年連続で3%以下に抑え、EU基準を満たすことを目指してきた。また、民間投資を促すために法人税引き下げや解雇を容易にする労働法制の改革を一気に進めてきた。さらに、年金制度の見直しや公務員削減などの改革を目指していた。しかし、これらの改革が失速するのは間違いないだろう。

2019年の燃料税引き上げ見送りでは、約40億ユーロの税収減が見込まれる。最低賃金引き上げと年金受給者への減税は、80億~100億ユーロ(約1兆~1兆3千億円)の財政負担となる。これは、国内総生産(GDP)の0.4~0.5%にあたる。その結果、2019年の財政赤字もGDP比はEU基準の3%を超える可能性が高まっている。

現在、イタリアとEUは財政政策を巡って対立しているが、フランスが財政赤字のGDP比でEU基準を守れなければ、イタリアに対するEUの交渉力は大きく削がれてしまうだろう。マクロン大統領は、経済改革の手本を示すことで、EU内での指導力を今まで発揮してきた。また、EU改革や欧州軍創設構想など安全保障面での統合強化などの議論を主導してきた。こうした指導力が大きく後退してしまう可能性が出ている。

マクロン大統領とともにEU内で指導力を発揮してきたドイツのメルケル首相も、すでに与党党首の座を退き、その指導力が大きく低下している。こうした環境の下では、EU内でポピュリズム政党の力が一段と高まり、財政規律が大きく後退する可能性が出てきている。これは、金融市場で通貨安や金利上昇などのリスク高め、EU経済を一層不安定化させかねない。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。