&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

シェール革命が米国のエネルギーの自立を助けた

米国が原油・石油製品の純輸出国に転じつつある。米国エネルギー省(EIA)が発表した11月末時点の週間統計で、米国の原油・石油製品の輸出量が、輸入量を上回った。同週の原油の輸出量は日量320万バレル、石油製品の輸出量は日量580万バレル、合計でおよそ900万バレルだった。他方、同週の輸入量は日量880万バレルだった(注1)。輸出量が輸入量を上回ったのは、1973年以来で初めてのことだという。週間統計は振れが大きいため、安定的に輸出量が輸入量を上回るようになるのは、2019年あるいは2020年と見込まれている。しかし、2005年あるいは2006年頃を境に、純輸出量は着実に改善傾向を辿ってきており、米国が早晩、純輸出国に転じる可能性は高い。

こうした貿易構造の変化の背景にあるのは、周知の通り、米国での「シェール革命」だ。シェールガスの生産拡大を背景に、2017年には既に、米国は天然ガスで純輸出国に転じている。

エネルギーの自立は、米国の歴代政権にとって大きな課題だった。それが国家戦略となったきっかけは、第1次・第2次オイルショックでの原油価格急騰と原油確保への不安だった。シェール革命のおかげで、米国のエネルギーの自立は、予想外に早いタイミングで強化された。

中東の地政学リスクを高める可能性も

米国が原油・石油製品で純輸出国に転じつつあることは、中東地域での米国の政治・安全保障政策にも大きな影響を与え得るだろう。かつてほど、同地域からの原油供給に配慮しないで、当地の様々な政策を決めることもできる。また、最近では、トランプ大統領は米国経済、米国消費者に配慮して、主要産油国に原油価格の低下を促し、実際のところ価格は低下した。しかし、米国が金額ベースで原油・石油製品の純輸出国に転じれば、原油価格の上昇は米国の国民所得を増加させることになる。原油価格の上昇は、米国にとって好材料へと転じるのだ。

国際エネルギー機関(IEA)は、石油輸出国機構(OPEC)とロシアの減産合意やカナダの供給削減決定により、世界の原油市場が予想よりも早く供給不足になる可能性がある、との見方を12月13日に示している。IEAは、OPECが減産合意を順守すれば、2019年第2四半期までに世界の原油市場は供給不足に転じると予想している。世界経済の成長鈍化を受けて、原油需要については先行き軟化する可能性はあるが、こうして供給不足が解消されないのであれば、そうした環境の下で原油価格が高止まりし、世界経済の悪化を増幅してしまう可能性がある。

以上は比較的目先の原油市場の動きだが、米国が原油の純輸出国に転じれば、米国の経済的利害に照らして、他の産油国に原油価格抑制の圧力を従来のように掛けなくなっていく可能性がある。また、中東地域での地政学リスクの高まりが原油価格上昇をもたらすことを、従来ほど警戒しなくなるだろう。その結果、米国の政治的・軍事的関与が低下するなかで、中東地域での地政学リスクが高まり、それがさらなる原油価格上昇を招く可能性も考えられるところだ。

米国のように決して原油の純輸出国に転じることはできない日本にとって、米国が原油の純輸出国になるということは、このように原油価格上昇のリスクを高める懸念要因にもなるだろう。

(注1)"U.S. Becomes a Net Oil Exporter", Financial Times, December 7, 2018

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。