米国のWTO離脱回避も狙い
日本経済新聞が報じたところでは(注1)、日米欧など先進各国が主導する形で、世界貿易機構(WTO)がデータ取引に関する国際的なルールを作る。日本、米国、欧州連合(EU)、オーストラリア、シンガポールなどが主導し、1月に数十か国が共同で新たなルール作りに入ることを表明する。2019年半ばにも本格交渉を始め、2020年の新ルール導入を目指すという。
データ取引の重要性が高まるなか、モノやサービスと同様に、データ取引の国際ルールを議論することは、時代の要請とも言えるだろう。しかし、今回の動きは、昨年から激化している米中貿易戦争によって促された側面が強い。中国に進出する外国企業から中国政府への技術、情報の提供を強制されることを、「中国政府は技術、情報を盗んでいる」と米国政府は強く批判している。日本や欧州も中国の知的財産権の侵害を問題視している。中国を牽制することを狙った国際的なルール作りで先進国の足並みを揃えることで、米国第一主義の拡大に歯止めを掛けることや、WTOの場で国際的ルール作りを行うことを通じて、米国のWTO離脱を回避することが大きな狙いだろう。
中国でのデータの国家管理、独占を牽制
先進国が主導するデータ取引の国際ルールは、モノやサービスのように、国際的な移動の障害をできるだけ取り除く自由化推進とは、全く異なるアプローチとなろう。
各国共に、個人や企業のデータが国境を越えて流出していくことを食い止める、データの囲い込みに動いている。モノやサービスの貿易であれば、これは保護主義に他ならないが、データの取引は国の安全保障にも関わる面があること等から、国際移転の自由化推進が現時点では議論の対象とは全くなっていない。
中国は、2017年に安全保障などを理由に、サイバーセキュリティ法を制定した。ここでは、外国企業が中国内で集めた顧客情報や現地法人の個人情報を海外に持ち出すことを禁じている。欧州でも、2018年に域外への個人データの移転は原則として禁止するEU一般データ保護規則(GDPR:General Data Protection Regulation)が発効された。
日米欧が中国を念頭に進めるルール作りの中心は、データ取引や取得に関する国家の過度な関与を抑制するものとなろう。日本経済新聞によれば、自国に進出してきた海外企業に対して、政府が特定の規格や暗号などを強制的に使わせることを禁じるルールの導入を目指しているという。その狙いは、データが中国政府に取得されることを防ぐことにある。また、日本は、プログラムの設計図であるソースコードや実行手順のアルゴリズムについて、国家による企業秘密の開示請求を禁じることを提案する考えだという。
国際ルール作りは難航が予想される
しかし、このように中国封じ込めを狙ったデータ取引の国際ルールが作成されても、中国がそれを容易に受け入れないのではないか。米国が強く批判している、外国企業から技術、情報の提供を強制することについては、中国政府はそれを見直す方向で譲歩する余地はあるだろう。しかし、共産主義体制のもとでは、個人データについても共有財産の考えが適用されることから、個人データの取得、管理に関して国の関与、管理を制限されることは、体制の否定にも繋がる。この点から、中国はこうしたルールを受け入れることはできないだろう。
中国に対して、先進国が主導して作ったルールを強引に受け入れさせようとすれば、いたずらに中国の反発を招き、中国が新興国を巻き込んだ独自のルール作りに動くことを後押ししてしまうのではないか。これは、データ取引の国際ルールにとどまらず、貿易やその他の国際ルール全般で、中国が新興国にとっての新たな国際秩序を作っていく流れに繋がる可能性がある。これでは、世界全体が2分化され、世界経済の停滞にも繋がりかねない。
日本と欧州は、米国側に接近するあまり、中国をいたずらに刺激し、また追い詰め、独自の国際秩序作りに向かわせることがないように配慮すべきではないか。中国や他の新興国の意見も反映させつつ、慎重にデータ取引の国際ルールの作成を進めていくことが求められるだろう。
(注1)「WTO、データ取引で国際ルール、中国念頭、国の検閲など排除」、日本経済新聞、2019年1月3日
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