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2020年度物価見通し下方修正の重要性

1月23日の金融政策決定会合では、大方の予想通り、金融政策の変更は見送られた。金融政策決定会合後に公表した展望レポートでは、消費者物価上昇率の見通しは、2018年度、2019年度、2020年度いずれも中央値が下方修正された。さらに、見通しに対するリスクバランスは、経済・物価ともに下振れリスクの方が大きいと総括された。

展望レポートで特に注目されたのは、2020年度の消費者物価(除く生鮮食品、除く消費税率引き上げ・教育無償化の影響)見通しを、前回2018年10月時点の+1.5%から+1.4%に下方修正したことだ。2018年4月までは、+2%程度の水準を維持してきたが、2018年7月には+1.6%とされ、その後も下方修正が続いている。日本銀行の目先の物価見通しは、今までもほぼ一貫して下方修正が続いてきたが、2020年度の下方修正はより大きな意味を持っている。

日本銀行は、展望レポートで当該年度を含む3年度分の予測値を示しているが、予測期間中最も先の見通し、現在で言えば2020年度の物価見通しは、純粋な見通しというよりも目標に近いものだ。今回の+1.4%という数字は、もはや2%程度とは到底言えない。これは、日本銀行が2%の物価安定目標を比較的短期間に達成するのは難しい、と認めていることを意味しよう。

当面の物価情勢も、非常に厳しいものだ。2018年12月の消費者物価(除く生鮮食品)は前年同月比+0.7%と、前月の同+0.9%から一段と低下した。今後は、ガソリンなどエネルギー関連価格下落と携帯の通信費の値下げの影響が次第に表面化してくる。さらに、10月に実施される幼児教育の無償化は、0.5~0.6%程度の規模で物価をさらに押し下げる。その結果、今年年末にかけて消費者物価の前年同月比がマイナスとなる可能性が十分に出てきた。

物価情勢との関連性を薄れさせる金融政策

足もとの物価がさらに下振れし、また日本銀行の予測期間中最も先の見通しが下方修正されて2%から一段と遠ざかっていく中、日本銀行の金融政策の正常化はさらに遠のく、との見方が広がる可能性がある。しかし、実際にはそれとは逆に、物価見通しの下方修正は日本銀行が金融政策の正常化に向けた準備を進めていることの現れ、という側面もあるだろう。

すでに見たように、目標という性格が強い、予測期間中最も先の物価見通しの下方修正は、2%の物価目標をなし崩し的に変容させ、弱める意図を持っているとの解釈が可能だ。2%の物価目標を、当初のように2年程度など、比較的短期的な達成を目指すものから、より長期的な達成を目指すものへと、位置づけの変更を日本銀行は図っているのではないか。2%の物価目標を長期目標と新たに位置付ければ、足もとの物価情勢に関わらず、金融政策の修正つまり正常化の実施が可能となるだろう。

こうした点を考えれば、日本銀行の正常化策に大きな影響を与えるのは、もはや物価動向ではないと言えるだろう。より重要なのは、世界経済の行方と為替市場だ。その両者に、足元では逆風が吹き始めている。世界経済が減速傾向を辿れば、日本銀行が正式な形での正常化策をとることは、しばらくは難しくなる。さらに、世界経済が後退へと陥り、同時に急速な円高が進むような状況では、追加緩和の実施を検討するだろう。日本銀行としては、もはや有効な金融緩和手段が残されていないことは十分承知しながらも、何もしなければ政府及び国民から批判を受けることになるため、政策金利の引き下げなど、追加緩和措置の実施を余儀なくされるからである。

また、今年は、消費税率引き上げと選挙が重なることから、政府は景気を支えるために財政拡張策を強化させやすい1年となる。内外の景気情勢が厳しくなれば、政府は消費税対策として景気刺激策の規模を現状の2兆円から、大幅に拡大する可能性がある。その場合には、日本銀行に対して協調策の実施を強く迫ることになるだろう。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。