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FRBは政策変更の一時停止を示す

米連邦公開市場委員会(FOMC)は、1月29-30日に開いた会合で、政策金利であるFF(フェデラルファンド)金利の誘導目標を2.25%-2.50%に据え置くことを、全会一致で決めた。この決定自体は大方の事前予想通りであったが、先行きの政策金利の方針については、「漸進的にさらに幾分か引き上げること」という従来の文言から、「世界経済、金融市場の状況に照らして、委員会はFF金利の誘導目標を将来どう調整することが適切かを決定することに辛抱強くなる(patient)」に改めた。

米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策姿勢は、FF金利の誘導目標をFOMC1回おきに0.25%ずつ引き上げるという予見性が高い従来の政策姿勢から、経済指標次第の柔軟な政策姿勢に変更する、ということについては、既にパウエル議長が昨年11月から市場に伝えてきていた。しかし、今回の声明文の文言では、経済・金融環境が変化してもしばらくは政策変更を行わない、つまり「一時停止」の方針を明確に示すものとなった。

加えて、声明文は、先行きのFF金利を上下どちらの方向にも修正し得ることを示唆し、追加緩和の可能性も市場に織り込ませるものとなった。こうしたメッセージは予想以上にハト派的と受け止められ、30日の米国市場では、ドル安と株高が進んだ。

バランスシート政策の修正示唆の問題点

他方、市場が注目を集めていたバランスシート政策についても、バランスシート正常化に関する別の声明文の中で、買入れ資産の規模や構成を変える用意があるとした。より詳細には、「FF金利の引下げだけでは対応できない経済・金融情勢の悪化が生じた場合、バランスシート政策を修正する」、という考えが示されたのである。この声明文の内容も、予想よりもハト派的と市場では評価された。

バランスシートの縮小については、トランプ大統領が、縮小規模が大きすぎると批判したことがあり、また、根拠はないと思われるが、バランスシートの縮小が昨年末の株式市場の調整の一因になったとの指摘も一部でなされた。バランスシート政策についての今回の声明文の文言も、こうした指摘、批判にFRBが応えたものだ。

バランスシート政策については、その効果についての評価を曖昧にしたまま、FRBはこの10年間、緩和強化を進め、また正常化を進めてきた。金融政策が緩和方向に転じる可能性が出始めるなか、バランスシート政策の効果の評価については曖昧にしたまま、FRBは再び先行きの政策方針を示さざるを得なくなっている。この点で、政策は迷走している感もある。FRBは、バランスシートの削減を停止あるいは拡大させるのは、FF金利の引下げだけでは対応できない経済・金融情勢の悪化が生じた場合と、政策修正の手続き、順番を今回説明しているだけである。

筆者は、2017年10月に始めたバランスシートの削減は、金融市場に大きな問題を引き起こすことなく、円滑に進んできたと評価している。他方で、その政策効果が明確でないこと、政策金利の変更とは異なりバランスシートの調整にはかなりの時間を要すること等から、経済・金融環境が変化しても、粛々と削減を続けていくべきだと現時点では考えている。今回、FRBがバランスシート政策の修正の可能性にまで言及したことで、金融市場にとっては先行きの政策の不確実性が一層高まり、やや長い目で見れば金融市場のボラティリティを高めるといった問題を生じさせる可能性もあるだろう。

今回、バランスシート政策の修正の可能性についてまでFRBが言及した背景には、昨年末に俄かに不安定化した金融市場に配慮して、市場が喜ぶ、いわばマーケットフレンドリーなメッセージを意識したことがあるのだろう。しかし、金融市場が不安定化するたびに、FRBが安易にハト派的なメッセージを市場に発すれば、市場は常にそれを期待するようになり、いわゆる催促相場を作り出してしまうことにもなる。これは、FRBの金融政策を大きく制約することにも繋がりかねないだろう。

FRBは、金融市場に過度に配慮することなく、独自の判断に基づいた適切な政策運営を心掛け、市場との適切な距離感を維持するようにするべきではないか。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。