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利便性向上が狙い

金融庁は、銀行以外の業者が行う送金(為替取引)で、1回当り100万円という現在の上限規制を撤廃する方針だ。麻生太郎金融担当相は、「新たな類型により、便利な支払い方法を実現したい」と、その最大の狙いが利用者の利便性向上にあることを説明した。さらに、「この夏までにはとりまとめて、法案を臨時国会か次の国会に出したい」とも語っている。

現在の法律のもとでは、送金を行うことができるのは、銀行か、それ以外の「資金移動業者」の2種類だ。銀行は厳しい規制を受ける免許制、資金移動業者は規制が緩い登録制だが、100万円以上の送金が今回可能となる業者は、その中間形態の新たな区分で、認可制が想定されているという。

平成22年に資金決済法が改正され、それまで銀行のみに認められていた送金が、資金移動業と新たに名付けられた銀行以外の業者にも認められるようになった。しかし、中古車や不動産など高額なものの代金を支払う場合には、この上限規制によって、資金移動業者はその送金を行うことができなかった。100万円以上の送金では、銀行の独占がなお維持されてきたのである。資金移動業者や利用者からの要望を受けて、この100万円という上限規制を撤廃することが、検討されるようになっていった。

ただし、この100万円の上限規制は、大手銀行自身が運営会社を通じて、デジタル通貨、あるいはスマートフォン決済のシステムを導入する際にも、その障害となっていた。

金融庁は新たな規制の体系を模索

この新たな仕組みの導入によって、参入規制で守られてきた銀行業務の垣根が、また1つ崩されることになる。金融庁は現在、銀行や保険会社など業種別だった従来の金融法体系を、決済など業務ごとに横断的に規制する金融法体系へと大幅に改革することを準備している。これが実現すれば、決済業務についても、銀行もそれ以外の企業も、同じ法律のもと、同じ条件で業務を行い、同じ規制を受けることになる。これによって、既存の金融機関の業務が、フィンテック企業などによって一段と取り崩されていくことになろう。送金で100万円という上限規制の撤廃も、こうした金融法制の大きな見直しの中に、位置付けることができる。

そうした法改正を通じ競争が激しくなることで、イノベーションがより促され、また価格が低下することが期待される。それは、利用者にとっては、利便性の向上を意味する。ただし一方で、その過程で利用者の資産がより危険に晒される、つまり利用者保護が弱まることは避けなければならない。これは、金融庁にとっては、仮想通貨に対する行政で得られた大きな教訓だろう。

そのため、新たな区分の事業者が破綻した際のリスクを減らすために、送金で利用者から受けた資産を、その事業者が長く持たないような仕組みが検討されている。例えば英国では、①送金指示を伴わない資金の受け入れ、②顧客資産の必要以上の期間の保持、を業者に禁じている。金融庁も、同様の規制を検討しているという。また、自己資本規制なども検討しているという。さらに、マネロン対策など、犯罪防止策についてもしっかりと検討されるべきだろう。

現状では、業者によるスマートフォン決済への新規参入が加速しており、過当競争の様相が強まっている。こうした中で、利用者の利便性と安全性の両立を維持していく新たな法制度、規制、行政の在り方を金融庁は模索していかねばならない。今回の法改正は、そのいわば起点となるのではないか。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。