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中国ドル建て社債市場の不気味な活況

2019年第1四半期に、中国のドル建て債の発行が大幅に増加した。また、価格も上昇している。その発行額は232億ドルと、前年同期の74億ドルの3倍以上にも及んでいる。中国経済の先行きへの不安が市場に強く残る中、社債市場の環境が改善していることには意外感がある。そうした傾向がとりわけ強いのは、投機的格付けの中国のドル建て債(ジャンク債)である。

投機的格付けの中国ドル建て社債の利回りと米国財務省証券の利回りとの格差、つまりスプレッドは、第1四半期に平均で2%ポイント以上も低下している。エマージング市場でのジャンク債のスプレッドが拡大方向にある中で、中国のドル建てジャンク債のスプレッドが縮小しているのは例外的だ。昨年は、米中貿易戦争が中国経済に与える懸念や、デフォルト(債務不履行)の増加から、中国の社債の価格は下落基調(利回りは上昇基調)を辿ったが、年明け後には状況は様変わりしている。

中国経済の先行きに依然として大きな不透明感が残る中、また社債のデフォルトが続く中で、中国のドル建て社債市場の環境が改善している背景には、当局の政策変更が強く影響しているのではないか。経済環境の悪化を受けた景気対策の一環として、当局は、過剰な債務を抱える不動産デベロッパーなどの資金調達をより容易にしているようだ。最近数カ月、当局は89の中国企業に対して、海外での起債額の割り当ての拡大を発表してきた。また、市場の流動性を支援する政策も導入しているという。

構造改革の修正が金融リスクを高める

第1四半期に急増した投機的格付けの中国のドル建て債の発行のうち、中国不動産デベロッパーの発行分が多い。発行環境の改善を受け、満期を迎える社債の借り換えでは、企業はより満期の長い社債を、概ね同じ利回り水準で発行できている。例えば、大手デベロッパーのカウントリー・ガーデン・ホールディングは、昨年9月に2022年1月に満期が来る社債を発行したが、今年3月にはその2倍以上の満期である7年物社債を、同じクーポンの7.25%で発行できた。

当局の緩和措置によって、投機的格付けの中国のドル建て債の市場環境は劇的に改善している。しかし、こうした政策変更は、企業の過剰債務を削減し、金融システムの安定維持を図るという、今までの政府の構造改革に逆行するものだ。経済環境の悪化を受けて、政府はこのような政策の軌道修正を強いられているが、これは、長い目で見れば、中国企業、特に地方政府の資金調達を担う地方融資平台の債務問題をより深刻にさせ、また金融システムの安定性を損ねるものだろう。

中国人民銀行(中央銀行)金融穏定局の王局長は3月に、国内金融セクターで「灰色のサイ(グレー・リノ)」のリスクが高まっている、と警鐘を鳴らした。「灰色のサイ」とは、高い確率で大きな問題を引き起こすと考えられるにも関わらず、軽視されてしまいがちな材料のことを指す。同氏は、地方政府の隠れ債務リスク、債券デフォルトのリスク、不動産市場のリスクが、金融リスクを引き起こす可能性がある、と指摘している。

こうした背景を踏まえたうえで、足もとでの中国社債市場の活況を見ると、それはかなり不気味に映る。それは、中国が抱える深刻な構造問題を一層深刻化することに繋がってしまうのではないか。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。