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不動産業向け貸出に過熱のサイン

日本銀行が4月17日に公表した「金融システムレポート(2019年4月)」では、日本の不動産市場、不動産業向け融資に焦点が当てられた。日本銀行は毎回の同レポートの中で、金融循環上の過熱感や停滞感の有無を点検するために、14の指標に着目し、それぞれトレンドからの乖離を計算している。さらに、その乖離度合いに従って色分けしたものを、「ヒート・マップ」として公表している。

今回のレポートでは、「不動産業向け貸出の対GDP比率」が、1990年以来初めて過熱を示す「赤」に転じた。14の指標のうち過熱を示す「赤」が一つでも見られたのは、2016年以来のことだ。

その他、13の指標はいずれも中立的な状態を示す「緑」だが、その中で、「金融機関の貸出態度判断DI」、「総与信・GDP比率」、「企業向け与信の対GDP比率」、「企業設備投資の対GDP比率」の4つの指数は、いずれもかなり「赤」に近いぎりぎりの「緑」であり、早晩、「赤」に転じる可能性がある。仮に「赤」が合計5つとなれば、それはバブル期直後の1991年初頭以来のことになる。

こうした点は、不動産向け融資を中心に、銀行の融資活動に相応の過熱感が生じていることの証左、と言えるのではないか。

バブル期とは異なる新たなリスク

サブリース向け融資に関わる問題が浮上したことなどで、不動産業向け貸出の新規実行額は、現在、前年比でマイナス圏にある。しかし、そうした貸出は平均20年程度と長い融資期間を持つこと等から、不動産業向け貸出残高の増加ペースは比較的高水準を維持している。

また、日本銀行が注目しているのは、地域金融機関の貸出全体に占める不動産業向け貸出の比率が上昇を続けており、またその比率が3割を超える先が少なからず見られる点、不動産向け貸出比率を高める金融機関ほど、自己資本比率が低い傾向があることだ。これは、経営の安定性に問題のある金融機関ほど、収益回復を図るために、相応のリスクがある不動産向け貸出の増加に活路を見出す傾向がある、ということではないか。

さらに、バブル期のように大手の不動産業向けではなく、中小企業や個人向け貸出が中心となっている一方、それらは損失吸収力が高くない。また、地域金融機関は融資にとどまらず、J-REIT、私募REIT等の不動産ファンド向け出資も増加させている。

このように、かつてのバブル期には見られなかった新たな特徴にも焦点を当て、日本銀行は金融システムの安定の観点から、不動産分野の動向に警鐘を鳴らしている。

収益性の中長期的評価

今回のレポートの中で、日本銀行が焦点を当てたもう一つの点が、中長期の観点から、金融機関の収益性を改めて評価したことだ。従来では、現時点の自己資本比率が規制の基準を超えていることを、金融システムが安定していることの根拠とするような論調が目立っていたように思う。しかし、現時点の自己資本比率に偏って、金融システムの安定性を評価することにはリスクがある。

今回のレポートでは、金融機関の収益力に関する株式市場の評価を取り上げている。例えば、地域銀行の株主資本利益率(ROE)が高水準を維持するなかで、株価純資産倍率(PBR)が低下している背景として、資金利益の長期的な減少トレンドなどがあるとしている。また、株価情報を用いて金融機関の将来のストレス耐性を計測する指標(SPISK)を試算し、欧州の銀行と比較して、日本の地域銀行のストレス耐性が趨勢的に低下していることを明らかにするなど、非常に興味深い分析を提示している。

中長期の地域銀行の経営環境に警鐘

さらに注目されるのが、毎回実施しているマクロ・ストレステストで、今回は、シミュレーション期間を3年から10年へと延長し、5年後時点のストレス発生を想定したストレステストを新たに実施したことだ。

ただしその狙いは、金融システムの安定性をより長期の視点から点検することだけにとどまらず、中長期のベースライン・シナリオを計算し、公表することで、地域銀行の経営環境の厳しさを明らかにし、対応を促すことにあったのではないか。実際、4月18日付の日本経済新聞は、「約6割の地銀が10年後の2028年度に最終赤字になる」として、金融システムレポートの中で、この中長期のベースライン・シナリオの部分を大きく取り上げている。

ところで、金融庁が先般公表した、中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針の改正案は、金融機関の自己資本比率が所要水準を下回らなくても、収益性などに問題があれば、金融庁が早期の経営改善を促す、というものだ。足もとで自己資本比率が規制基準を超えていても、恒常的に収益が悪化すれば、将来の健全性に懸念が生じる、との考えである。

今回の日本銀行の金融システムレポートも、こうした金融庁の方針と平仄を合わせ、中長期的な金融機関の収益性により焦点を当て、また、現時点での自己資本比率だけでは捉えることができない金融機関経営の健全性、金融システムの安定性に強い警鐘を鳴らして、金融機関の前向きの取り組みを促す内容となったと評価できるのではないか。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。