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ECBはマイナス金利政策の影響を再点検

日本銀行が4月17日に公表した「金融システムレポート(2019年4月)」では、不動産向け融資を中心に銀行の融資活動に相応の過熱感が生じていることや、中長期的な金融機関の収益性の問題に焦点が当てられた。他方、こうしたプルーデンス(金融機関の健全性・安定性)の観点ではなく、マクロ金融政策の観点から注目されるのが、マイナス金利政策が銀行の収益に与える影響について、日本と欧州で比較した分析がレポートで示されたことだ。

欧州中央銀行(ECB)は、将来の追加金融緩和策実施も視野に入れ、マイナス金利政策が市中銀行の収益性に与える悪影響を再点検し、また、それを緩和する措置を検討している。日本やスイスが既に導入している、階層型中銀当座預金制度の導入の是非も検討している模様だ。こうした観点から、マイナス金利政策が銀行の収益に与える影響が、改めて欧州で注目を集めている。

あたかもこれに呼応するかのように、今回の日本銀行の金融システムレポートでは、マイナス金利政策が銀行の収益に与える影響について、日本と欧州を比較した分析が示された。そこでは、欧州諸国と比較して、マイナス金利政策の収益への影響を格段に大きく受ける、日本の銀行の姿が浮き彫りにされた。ただし、それ自体は、2016年1月に日本銀行がマイナス金利政策を導入する際に、既に十分に予想できたことである。

欧州に大きく劣る日本の銀行の収益性

欧州諸国と比較した際の日本の銀行の特徴についてレポートで指摘されたのが、業務粗利益ベースで見た利益率が欧州諸国は横ばいで推移する一方、日本では低下傾向となっていることである。日本の銀行の業務粗利益ROA(総資産利益率)は近年低下傾向を辿り、2017年度で1%強の水準であるのに対して、ユーロ圏の銀行では3%弱の水準で横ばいの推移をしている。

資金運用利回りが低下する中で、欧州諸国では資金調達利回りも相応に低下していることで、マイナス金利政策による利鞘の悪化効果が緩和されたのに対して、日本では資金調達利回りの低下がほとんど見られないことが、こうした乖離を生んでいる。日本では、低金利、ゼロ金利の継続期間が歴史的に長かったことで、預金金利の低下余地がほとんどなかったこと、銀行の負債に占める預金の比率が極めて高く、市場性資金の調達コスト低下の恩恵を受けにくかったことがその背景にある。これは、マイナス金利政策導入以前からある、日本と欧州の銀行の資産・負債構造の違いに根ざすものだ。

また、利益率の低下を映して、自己資本比率が低下傾向を辿っていることも、日本の銀行の大きな特徴だ。ユーロ圏では、自己資本比率は上昇傾向にある。さらに、このように、利益率と自己資本比率が低下傾向にある中、外債や投資信託などリスク資産への投資を積極化させていることが、欧州と比べて日本の銀行の特徴にもなっている。その結果、日本の銀行の収益、経営体力が内外の金融市場の影響を受けやすくなっている点も、日本銀行は指摘している。

日本の金融政策への影響は?

このように、マイナス金利政策が銀行の収益性や、やや長い目で見た銀行経営、金融システムに与える悪影響について、欧州と比べて日本の方が、かなり大きいことを直接的に指摘したのが、今回の金融システムレポートだ。

なぜこのタイミングでこうした分析を示したのかは不明であるが、日本でも追加金融緩和観測が浮上する中、さらなるマイナス金利(付利金利)の引き下げや、貸出金利のマイナス化などが銀行経営、金融システムに与える悪影響について、日本銀行内のプルーデンス部署が金融政策の企画・運営部署、あるいは金融政策を決定する政策委員会に対して暗にアピールする意図があった、との解釈も可能であるかもしれない。しかし、仮にそうだからと言って、それでマイナス金利(付利金利)の引き下げなどが、追加緩和の選択肢から容易に外れる訳ではないだろう。

4月24、25日には、金融政策決定会合が開かれる。前回会合以降、「短観(3月調査)」が公表され、そこでは、大企業製造業の業況判断DIが大幅に悪化した。しかし、足もとの中国経済指標に安定化の兆しが見られることなどから、先行きの内外経済動向にに関して日本銀行は、前回会合時よりもやや楽観的になっている可能性もある。中国での政策効果等に基づいた、年後半の景気持ち直しシナリオを、日本銀行は維持するだろう。

こうしたなか、追加緩和措置の選択肢を深く議論する機運もやや低下している可能性もある。そうなると、今回の金融政策決定会合では、何らかの政策変更が発表される可能性は低いと思われる。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。