ゼロ回答を避けて市場にリップサービス
日本銀行は、4月25日に開かれた金融政策決定会合で、政策金利のフォワードガイダンスの明確化、担保適格の拡充、ETF貸付制度の導入の検討など、幾つかの措置を公表した。ただし、これらは、強力な金融緩和を継続する方針をより明確に示し、またその継続に資する措置との位置づけであり、追加緩和措置とは言い難い。黒田総裁は記者会見で、「緩和姿勢に対する国民の信任に資することを狙った措置」と説明している。実際、声明文のタイトルが「当面の金融政策運営について」と、従来から変わっていないことは、日本銀行がこれらの措置を正式に追加緩和措置とは位置付けていないことを裏付けているだろう。
海外では米連邦準備制度理事会(FRB)が、政策金利の引き上げを当面休止する方針、保有資産の削減を停止する措置を示し、また欧州中央銀行(ECB)が、政策金利のフォワードガイダンスを見直す中、日本銀行のみが全く政策方針を修正しない場合に想定される批判や円高リスクへの対応が意識されたのではないか。いわば、ゼロ回答を避けるための市場に対するリップサービス、というのが、今回の措置の本質なのではないか。また、10連休中の金融市場の安定に資する、という狙いもあるのかもしれない。
時間軸ガイダンスを正常化の際の市場との対話手段に
政策金利のフォワードガイダンスについては、「当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持する」との文言に、今回、「少なくとも2020年春頃まで」という時間を明示する文言が加えられた。これによって、「当分の間」という曖昧な時間軸が、より明確化されたのである。
しかし、2019年10月に実施される消費増税の影響が未だ見極められない2020年春以前のタイミングで、日本銀行が正常化策として長短金利を引上げるとの見方は、金融市場ではそもそも極めて少数派だ。
黒田総裁は、早い時期に政策金利が引き上げられるという認識が市場に広がったことに対応して、「当分の間」がかなり長い期間であることを明示することを意図した、と説明しているが、これは市場のコンセンサスとかなりずれているのでないか。
従って、フォワードガイダンスの明確化という今回の措置が、市場に期待を与える影響は小さく、その結果、イールドカーブのスティープ化などを通じた追加緩和効果はほとんど生じない。この点から、今回のフォワードガイダンスの明確化は、追加緩和措置にはなっていない。
他方、政策金利のフォワードガイダンスの時間軸を今回明確化させたことで、「少なくとも2020年春頃まで」という文言をこの先修正を繰り返しながら、正常化に向けた市場との対話を強化する手段を得た、という意義はあるだろう。
ちなみに、世界経済が後退局面に陥ることが回避できる場合、日本銀行が正常化策の一環として長短金利を引上げるタイミグとしては、2020年夏のオリンピック後の経済反動を見極めたうえで2021年前半、というシナリオが現時点では成立するように思われる。
経済条件ガイダンスから時間軸ガイダンスへ
政策金利のフォワードガイダンスについては、経済条件に結び付いたガイダンスと、時間軸を伴うガイダンスとがある。今回は、このうち後者を明確化したものだが、日本銀行は長らく「2%の物価安定の目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために、必要な時点まで長短金利操作付き量的・質的金融緩和を継続する」という経済条件ガイダンスを示してきた。
本来は、経済条件ガイダンスか時間軸ガイダンスのどちらかを示すのが通例だが、日本銀行は同時に両者を示しているという点で例外的であり、それは問題をはらんでいる。2つのガイダンスの間に容易に矛盾が生じ得るからである。
例えば、今回の展望レポートで2021年度の物価見通しの中央値は+1.6%と、2%の目標値を大きく下回るが、それと「少なくとも2020年春頃まで、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持する」という方針との関係は不明確だ。
日本銀行は、2%の物価安定目標に結び付いた経済条件ガイダンスから、時間軸ガイダンスへと徐々に比重を移していく戦略なのではないか。仮にそうせずに、2%の物価安定目標の達成を正常化の条件とすることにこだわり続ければ、正常化の見通しは全く立たないからだ。
ETF貸付制度は市場の流動性対策
他方、「日本銀行が保有するETFを市場参加者に一時的に貸し付けることを可能とする制度の導入を検討する」とされた。これも、追加緩和措置ではなく、緩和措置の継続に伴う副作用を軽減する措置、と位置付けられるだろう。
記者会見で黒田総裁は、証券会社がETFのマーケットメイクをする際に、ETFの玉不足が障害になっているとの指摘があり、今回はETF市場の流動性向上を狙ったものと説明している。
日本銀行には、国債を大量に買入れる政策を実施しつつ、それがもたらす個別の国債の品不足に対応するために、保有する国債の貸出を金融機関など市場参加者に一時的かつ補完的に供給する制度、国債補完供給(SLF)という制度がある。ETF貸付制度は、これを参考にしたものだろう。
ただし、この制度を導入することで、ETFの買入れを減額するなどの本格的な政策変更は当面実施しない、とのメッセージを市場に送ったという側面もあるのではないか。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。