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OS、アプリでもファーウェイに打撃

米グーグルが、自社製の一部アプリを、ファーウェイ(華為技術)が今後発売するスマートフォンに搭載させない方向で検討していることが、5月19日の報道によって明らかとなった。これは、17日にファーウェイとの取引を米企業に原則禁じた、米政府の制裁措置を受けたものだ。今後はグーグルのスマートフォン向け基本ソフト(OS)「アンドロイド」の更新ができなくなり、また、Gメールやユーチューブなどの主力アプリが利用できない事態となる可能性がある。

グーグルは、「自社がファーウェイに提供している、既存のスマートフォン利用者は、従来通りOSの更新ができる。アプリや安全対策ソフトは機能し続ける」等と説明している。同社は、今後発売される機器を対象に、今後の対応を検討していると考えられる。一方、ファーウェイは21日、「販売されているスマホやタブレット端末の利用、更新に影響はない」との声明を出している。

中国国内では、そもそもグーグルのアプリの使用は禁じられている。ファーウェイは、この報道を受けて、「中国市場は影響を受けない。消費者は安心して使い、購入して欲しい」とする声明を国内向けに発信した。

しかし、グーグルが提供するGメール、ユーチューブ、閲覧ソフトのクロームは、世界全体の月間利用者がそれぞれ10億人以上にも達している。ファーウェイのスマートフォンでこれらのアプリが利用できなくなれば、ファーウェイ、グーグルともに甚大な悪影響を受けることは避けられない。

米調査会社IDCによると、ファーウェイの2019年1~3月期のスマートフォン出荷台数は、前年同期比50.3%増となった。米アップルを抜き、韓国サムスン電子に続く世界2位の水準に上り詰めた。欧米で人気のGメール、ユーチューブなどのアプリが利用できなくなれば、中国市場以外でのファーウェイ製スマートフォンの販売は大きく減少する可能性がある。

ファーウェイの独自OS開発はどの程度進んだか

他方、今後グーグルのスマートフォン向け基本ソフト(OS)であるアンドロイドの更新ができなくなれば、中国国内でのファーウェイのビジネスにも大きな打撃となろう。ファーウェイのスマートフォンは、すべてアンドロイドOSに対応しているためだ。

ファーウェイは、アンドロイドのオープンソースの無償OS版だけは、使用を続けられるとみられている。ただし、「グーグルが企業向けに提供するアップデートについては、ファーウェイは受けられなくなる」と報じられている。そうなれば、セキュリティ上の大きな問題が生じるため、ファーウェイのスマートフォンの需要には大きな影響が出るだろう。

ところで、ファーウェイは、将来的にアンドロイドを使えなくなる事態に備えて、独自のOSの開発を進めてきた。スマートフォンのOSを開発するために、7年ほど前に、ファーウェイはノキアを生んだフィンランドに小さい研究所を設立した。

仮に、ファーウェイが独自のOSの開発を完成していたとしても、そのクオリティ(質)については不明である。アンドロイドが全世界のスマートフォンの4分の3程度を占めていることを考えれば、その競争力は極めて高く、ファーウェイの独自OSがそれに競合することは容易ではないだろう。さらに、独自のOS上で動くアプリも独自に開発していかねばならない。既存のアプリを凌駕するような魅力のあるアプリを、中国以外の利用者に提供していくのは、かなりハードルは高いのではないか。

スマートフォンでも進むダブル・スタンダード

ファーウェイは、独自の半導体の開発、生産を進めていることで、米国政府が決めた部品供給停止の措置に対しては、それなりの耐性を見せる可能性はある。しかし、ソフトウエアの供給停止は、それ以上に経営に打撃を与えることになるのではないか。少なくとも、海外市場での影響は大きいだろう。

しかしながら、多少時間を掛ければ、ファーウェイの独自のOS、アプリはそのクオリティを急速に高める可能性がある。それは、海外市場では受け入れられにくいとしても、中国市場には浸透していくことになる。その結果、スマートフォンは、完成品、部品、OS、アプリのすべてで、中国あるいは他の新興国を含む中国経済圏と先進国を中核とする経済圏とに2分されていく可能性もあり得るだろう。

こうした世界経済のダブル・スタンダード(2重標準)化は、既にネット・サービスの分野では起こっている。中国のネット・サービスは、他国とは異なる独自の進化を遂げているのである。中国のネット検索市場はバイドゥ、電子商取引ではアリババ、決済サービスはアリペイとウィーチャット・ペイが、それぞれほぼ独占状態にある。しかし、そうしたサービスは、海外市場では広まっていない。中国のネット企業が海外市場で苦戦している背景には、これらの中国企業が中国共産党と結びついており、個人データがそこに流れているのではないかという疑念が、海外利用者の間に根強いことがあるだろう。

ネット・サービスと同様に、独自のOS、アプリを持ったファーウェイのスマートフォンも、先進国市場ではなく、中国国内及び他の新興国を多く含む中国経済圏で独自の進化を遂げていくのではないか。

こうして、経済活動の多くの側面で、ダブル・スタンダード化が進展していく可能性が展望できる。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。