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金融政策に「一応の目的」と「本当の目標」

日本銀行の物価安定目標の位置づけについて、政府の基本認識をうかがわせる興味深い発言が、安倍首相からあった。6月10日の参院決算委員会の大塚耕平氏(国民民主)への答弁の中で安倍首相は、「日本銀行の2%の物価安定目標は、一応の目的だが、本当の目的は雇用に働きかけ、完全雇用を目指していくこと。その意味で、金融政策は目的を既に達成している」と発言した。

この答弁で安倍首相は、「一応の目的」と「本当の目標」とを区別し、日本銀行の2%の物価安定目標は「一応の目的」、完全雇用が「本当の目標」と整理したことになる。日本銀行がこの「本当の目標」を既に達成したのであれば、金融政策は出口に向かうのが当然のこととなるが、そうした疑問に先んじるように、安倍首相は「それ以上の出口戦略云々については、日本銀行に任せたい」とかわした。

この「一応の目的」と「本当の目標」をより正確な言葉で言い直せば、「中間目標」と「最終目標」になるのではないか。金融政策でいう「中間目標」は、「最終目標」を達成するための暫定目標、あるいは道標のようなものだ。「中間目標」は達成できなくても、「最終目標」が達成できたのであれば、何の問題もなく、もはや「中間目標」の達成を目指す必要はないことになる。

安倍首相の発言は、本人あるいは政府が、「日本銀行の2%の物価安定目標の達成はもはや重要ではない」と考えていること、さらに、日本銀行が独自の判断で出口戦略を決めることができる、つまり、政府が日本銀行に出口戦略実施のフリーハンドを与えたことになるだろう。

物価の安定は中間目標

昨年9月14日に日本記者クラブで行われた自民党総裁選に向けての公開討論会で、安倍首相は、日本銀行の異次元緩和について、「ずっとやっていいとは全く思っていない」と話した。さらに、物価目標の達成よりも雇用の方が重要、との主旨の発言をしている。これは、今回の発言の主旨とも一致しており、安倍首相の考えが一貫したものであることを裏付けていよう。

日本銀行法の第二条では、「日本銀行は、通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする」とされている。「物価の安定」は中間目標であり、「国民経済の健全な発展に資すること」が最終目的と理解すべきだろう。この点から、経済及び雇用の安定をより重視する安倍首相の考え方は、日本銀行法の精神にも沿ったもので妥当だ。

これに対して、日本銀行は、2%水準を物価安定の目標に設定したこと自体に無理があったうえに、その2%の物価目標達成を最終目標と見なして、他のことを犠牲にしても、その達成のみを目指してきたように見える。筆者はこれを「物価目標至上主義」と呼んでいる。

こうした点で、2%の物価目標については、政府と日本銀行の間では既に同床異夢のような状況になっている。政府の方が、正しい理解をしている。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。