&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

追加関税導入先送りも米中対立は続く

6月29日にG20(主要20か国・地域)サミットに合わせて開かれた米中首脳会談において、両国間の貿易協議を再開、継続することで合意がなされた。また、期限を定めない形で、トランプ政権は対中制裁関税第4弾(中国からの輸入品3,000億ドル超に対して25%の追加関税を課すこと)の先送りを決めた。これは、一種の停戦合意と言えるだろう。

5月に米中が貿易合意に失敗した際には、この6月の米中首脳会談で中国側からの大幅な譲歩を引き出し、そうならない場合には、対中制裁関税第4弾を即座に発動する構えをトランプ政権は見せていた。この時点で市場が想定していた事態と比べれば、今回の合意により、米中貿易戦争が世界経済に与える悪影響は短期的には軽減されたと評価できる。

トランプ政権が今回対中強硬姿勢を軟化させたのは、対中制裁関税第4弾について、6月25日まで開かれていた米通商代表部(USTR)での公聴会で、関係業界から予想外に強い反対意見が出されたことではなかったか。それは、2020年の大統領選挙に逆風となりかねない。

補助金政策の大幅修正など、中国の経済政策に大幅な修正を迫るトランプ政権の姿勢は、中国側にとっては不当な「内政干渉」と理解される。今回、一時停戦とはなっても、両者の溝は依然として埋まっておらず、最終合意への道筋は全く見えていないのが現状だろう。

一時停戦と制裁措置の応酬とが両国間で繰り返されるというサイクルが、今後も続くと見ておいた方が良いのではないか。

ファーウェイへの輸出を一部認める

他方、トランプ大統領は、G20サミット後の記者会見で、安全保障上のリスクが低い米企業の製品の一部を中国通信機器大手ファーウェイ社に輸出することを認める考えを、突如表明した。これも、輸出規制による打撃に苦しむ米企業に配慮した側面が強いのではないか。

その詳細はなお明らかにされていないが、クドロー米国家経済会議(NEC)委員長は、6月30日にFOXニュースのインタビューで、ファーウェイに対する米企業の輸出規制の緩和措置は、「一般的な恩赦ではない」との認識を示した。さらに、「ファーウェイはいわゆるエンティティ―・リストに残り、厳しい輸出管理が適用される」と発言した。また、米国製品や米国からの輸出を認めるのは「一般的に入手できる場合」に限るとも指摘している。

このエンティティー・リストへのファーウェイ追加は、米商務省が2019年5月に発表したものだ。米商務省はファーウェイに対して、「同社が制裁対象のイランと取引し、米国の安全保障や外交政策上の利益に反する行為をした」として、同社とその系列会社を輸出管理法に基づく「エンティティー・リスト(EL)」に追加すると発表したのである。その結果、部品、ソフトウエアなど米国製品の同社向け輸出が事実上禁じられた。

トランプ大統領の発言を受けて、米国が中国通信機器大手ZTEへの輸出規制を実施した後、ZTEの経営改革など米国側の条件を受け入れたZTEへの輸出規制措置を解除した際と同様の扱いになるとの見方も多かった。しかし、実際にはファーウェイに対する輸出規制措置は撤廃されず、輸出規制の緩和は一部にとどまりそうだ。

広範囲な輸出再開は当面見込めない

米企業によるファーウェイに対する一部輸出再開は、既に6月から始まっていた。米国の半導体大手マイクロン・テクノロジーは6月25日に、国内法を順守していると判断してファーウェイ向けの出荷を一部再開させたと発表した。その時点で2週間ほど前から始めていたという。クアルコムやインテルも一部部品の出荷再開に踏み切っており、オン・セミコンダクターなど他の米企業も出荷ができる方法を模索しているという。

ファーウェイに対する米企業の事実上の輸出禁止措置は、米国産の材料や技術などが25%以下の製品であり、かつ米国以外で製造されてファーウェイに出荷されるものは対象とされていない。いわば、こうした規制の抜け穴を利用して、輸出を再開した面がある。

しかし、これは米政府と調整のうえ、実施を決めたものではないか。さらに、今後正式に発表されるファーウェイに対する輸出規制には、既に実施されているこの輸出再開も含められる可能性もあるだろう。

いずれにしても、クドローNEC委員長の発言から推測される、ファーウェイに対する米企業の輸出規制緩和措置は、それほど広範囲なものにはならないだろう。米議会では、ファーウェイに対する輸出規制緩和について、与野党双方から既に強い反発も出ている。これを受けてクドローNEC委員長も、輸出規制の緩和は一部製品に限られることを強調している。

ファーウェイに対する輸出規制措置は、引き続き米中貿易協議の中で米国政府の交渉材料として保持されるだろう。通信基地やスマートフォン等に利用される半導体やグーグルのOSなど中核的な製品が輸出規制解除の対象とならない限り、ファーウェイは苦境から脱することはできないだろう。

他方で、今後、輸出規制措置の緩和対象が徐々に拡大されていくとしても、中国企業は、将来的には輸出規制が再び強化されるという疑念はぬぐえない。そのため、ファーウェイやその他中国企業は、半導体などを米国以外からの調達に切り替えていく動きや、独自に開発・生産を進めていく動きを今後も緩めることはないだろう。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。