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選挙での大敗がきっかけに

米国では、トランプ大統領による米連邦準備制度理事会(FRB)への露骨な政治介入が続いているが、同様に大統領による政治介入が続いていたトルコでは、ついに中銀総裁の更迭にまで事態が進んだ。トルコのエルドアン大統領は7月6日、チェティンカヤ中銀総裁を更迭し、後任にウイサル副総裁を昇格させた。

エルドアン大統領は、チェティンカヤ中銀総裁に対して、利下げをするよう経済会合の場で繰り返し伝えていたが、必要な措置を講じなかったことが更迭の理由だ、と説明している。

中銀総裁の更迭という強硬措置の背景には、与党の選挙での敗北があるとみられる。3月の統一地方選で、エルドアン大統領が率いる公正発展党(AKP)は、首都アンカラと最大都市イスタンブールの市長選で共に敗れた。これは、AKPが17年前に政権を握ってから初めてのことだった。

エルドアン大統領は、選挙の敗北は、中央銀行の高金利政策によってトルコ経済が悪化したことによるところが大きいと考え、今回の措置を決めたと見られる。トルコの実質GDPは、2018年10-12月期から2四半期連続でマイナス成長を記録している。

今後政策金利が急速に引下げられる可能性

トルコでは、2018年夏に米国人牧師の拘束問題を巡って米国との間で対立が生じ、トルコリラが急落する、いわゆる「トルコショック」が生じた。リラは3割も下落したのである。そして、通貨防衛のためにトルコ中央銀行は、主要な政策金利を24%にまで引き上げた。

一時は前年比+25%を超えたインフレ率は、今年6月には同+15.7%まで低下している。金融引き締め策が、通貨の安定を通じて、物価の安定回復に効果を発揮したのである。これを受けて金融市場では、トルコ中銀が7月25日の次回金融政策決定会合で、24%の政策金利を1.0%~1.5%程度引き下げるとの見方が出ていた。しかしエルドアン大統領は、より大幅な金利引下げを望んでいるのだろう。エルドアン大統領の強い圧力の下、ウイサル新総裁は、今後急速に政策金利の引下げを行うとの観測が市場で強まっている。

エルドアン大統領は、インフレ率と金利が同時に低下していくことを望んでいるとされるが、かつて、経済の常識に反して、政策金利を引き下げるとインフレ率が低下すると主張して、中央銀行に金融緩和を求めたこともある。

政治介入を防ぐ市場メカニズムが働かない

エルドアン大統領は、中央銀行を抜本的に改革しなければトルコは深刻な問題に直面することになると語っており、今後、中央銀行への介入を強めることは明らかだ。エルドアン大統領は、高い金利は諸悪の根源だ、とまで言い切っている。

中銀総裁更迭の正当性を問われると、エルドアン大統領は、昨年の中央銀行のガバナンスに関わる制度変更によって、大統領が中央銀行に介入できるようになったのだ、と説明している。しかし、今回の措置を違法とするトルコ国内の専門家の意見もある。

中央銀行に政治が強く介入し、中央銀行の独立性が脅かされると、経済及び国民生活の中長期的な安定の観点から通貨価値の安定を守る、いわゆる「通貨の番人」が居なくなることで通貨安が生じ、金融市場は混乱しやすくなるのが一般的だ。

しかし、今回の中銀総裁更迭を受けても、トルコリラの下落幅はそれほど大きくない。市場は、中央銀行に対する政治介入に既に慣れてしまったのかもしれない。これは、米国でも見られる現象だ。

その場合、政治介入を嫌気して金融市場がそれに悪く反応することが政府に翻意を促し、結果的に政治介入が控えられて中央銀行の独立性が守られる、といったいわば市場メカニズムが働かないことになってしまう。これは、非常に憂慮すべきことだ。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。