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中国政府の景気対策で銀行融資は増加

中国人民銀行(中央銀行)が発表した6月の新規人民元建て融資額は1兆6,600億元と、5月の1兆1,800億元から増加した。増加幅は3か月ぶりの高水準である。また、融資残高の前年同月比は+13.0%となった。この融資の増加は、中国政府による景気対策の影響によるところが大きいと見られる。

他方で、銀行融資以外の新規株式公開、信託会社の融資、債券発行など、いわゆるシャドーバンキングも含む社会融資総量の伸びは、6月に前年比+10.9%だった。人民元建て融資額との増加率の差には、政府が景気対策の観点から銀行融資の増加を促す一方で、金融リスクの管理という構造改革の観点から、シャドーバンキングの拡大を抑制していることが影響しているのではないか。現在、シャドーバンキングのリスクで改めて注目を集めているのが、信託会社が提供する信託商品だ。

信託商品(ファンド)は、企業や金融機関、富裕層などから資金を集め、アパート、工場、高速道路の建設といったプロジェクトに資金を貸し出して運用する。通常は6か月~5年で満期を迎え、投資家は元本を回収する。通常は、銀行からの借り入れが難しいプロジェクトの資金調達に用いられるため、企業の借入金利は高めとなり、その分、信託商品を購入する投資家は、銀行預金よりも高い利回りが約束される。

中国信託業協会およびムーディーズ・インベスターズ・サービスによると、中国には3月時点で信託会社が68社あり、資産総額は22.5兆元(約355兆円)、銀行資産総額の2.9%に相当する規模だという(注)。

信託商品にも「暗黙の保証」問題

問題は、信託会社から資金を借り入れた企業の一部で、住宅市場の冷え込みや景気減速の影響から、債務不履行(デフォルト)に陥るケースが急速に増えていることだ。その数は、前年比9割増にも達している。信託会社から資金の借り換えが難しくなっている、という事情も債務不履行急増の背景にある。それは、当局が多くの信託会社に対して不動産デベロッパー向けの貸付を控えるか、あるいは完全に停止するよう通告したためだ。

理財商品と同様に、信託商品にも「暗黙の保証」という問題がある。多くの信託会社は地方政府や国有企業が株主になっており、一部の融資は地域のインフラ計画を支えている。そのため、信託商品には政府による暗黙の保証が付いている、とみなされることが多い。信託商品の投資家は、高い運用利回りを享受する一方、投資リスクを十分に把握していないことが考えられる。

景気減速、不動産市場の調整をきっかけに信託商品の価格が大幅に低下すれば、それに投資する金融機関では損失が発生し、金融システムを不安定化する可能性がある。また、信託商品の解約が急増し、それに応じきれない信託会社の破綻が相次げば、信託会社からの借り入れに依存する企業の経営が一気に行き詰まり、実体経済に大きな打撃となる事態も生じ得よう。

中国の2019年4-6月期の実質GDPは前年同期比+6.2%と1992年以来の低水準となった。このように、中国経済が不安定な動きを示す中、景気支援と金融リスクへの対応の双方に目配りしなければならない、中国政府の綱渡りの経済政策運営は今後も続くだろう。

(注)"Strains Emerge in China’s $3 Trillion Financing Market", Wall Street Journal, July 12, 2019

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。