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リブラ・ウィークを前に相次ぐ懸念の声

フェイスブック等による新たなデジタル通貨・リブラは、そのサービス開始時期が2020年前半と計画されていたが、かなり後ずれする可能性が高まっている。

7月16日に米議会・上院銀行委員会で開かれる公聴会に向けて、フェイスブック幹部のデビッド・マーカス氏による冒頭証言の要旨が公表された。マーカス氏はこの要旨の中で、「規制上の懸念を解消し、適切な承認を受けるまでリブラを提供しない」と表明し、規制当局側の意向に従う姿勢を明確に示している。規制当局の懸念をすべて払拭した上でリブラを発行するのであれば、それまでには相当の時間を要しそうだ。

今週は、7月16日・17日に米議会でリブラに関する公聴会が開かれる。さらに、17日・18日には、フランスで開かれるG7(主要7か国)財務相・中央銀行総裁会議で、リブラを含むデジタル通貨を巡る規制が議論される、いわばリブラ・ウィークである。これに向けて、金融当局からはリブラ発行への懸念が多く表明されている。

米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は、7月10日の米上院での証言で、リブラ計画について、マネーロンダリング(資金洗浄)防止などの観点から「深刻な懸念が生じている」と話し、「リスクを極めて慎重に審査する必要があり、それが1年以内に完了するとは思わない」と指摘している。11日には、トランプ大統領は、「リブラは信用できない。フェイスブックは銀行免許を取得すべきだ」とツイッターに投稿した。

さらに15日には、ムニューシン米財務長官も、リブラが「マネーロンダリングやテロリストに使われる恐れがある」と指摘し、「深刻な懸念」を表明した。その上で、リブラを「銀行と同じように扱う」と述べた。また、リブラの安全性の確保で「フェイスブックがわれわれを納得させるには、やるべきことが多い」とも語っている。

リブラに銀行と同等の規制を検討

当局者の最大の懸念は、リブラがマネーロンダリングなど犯罪に不正に利用されることだ。それへの対応として、リブラの利用者に銀行と同様に厳格な本人確認などを求めることが検討されている。

ただし、リブラが主な利用者として想定している低所得者に本人確認をしっかりと義務付けることは、実際には簡単ではない。貧困層はパスポート、定まった住所や公共料金の請求書などで身元を証明できないことが多いためだ。フェイスブックは、規制当局側の意向に従う姿勢を明確に示しているが、厳格な本人確認を受け入れれば、リブラの利用者は増えず、金融包摂(インクルージョン)や格差対策というリブラの目指す理念は失われてしまうという問題を抱えている。

当面は、フェイスブックというプラットフォーマー、あるいはリブラを運営するリブラ協会に、銀行と同様に厳格な本人確認などを適用できるかどうか、という法的な問題が議論の中心となろう。しかし、銀行と同様の規制を課すだけでは、問題は解決しない。

新たな金融規制のあり方を探す

リブラの発行は、デジタル・プラットフォーマーがグローバル規模で金融業に本格参入する最初の試み、と位置付けることができる。これに対して、既存の金融規制を適用するだけでは、金融システムの安定、消費者保護などの社会厚生の観点から、適切な規制とはならないだろう。

プラットフォーマーは、ネットワーク効果を背景に市場を独占しやすい、という特性を持つ。さらに、電子商取引、SNS、ネット閲覧・検索など本業から得られた個人データを金融業から得られた個人データと組み合わせ、分析することで、既存の金融機関には到底太刀打ちできないほどの価値を生み出すことができる。それは、ユーザーに高い利便性を提供できる一方、市場の独占、個人データの独占、プライバシーの侵害などの弊害も生み出す。

これらに対応するには、現在の金融規制に、データ管理・利用規制、プライバシー保護などの消費者保護の要素を加えた、新たな金融規制体系を作り上げることが必要となる。こうした面では、現在の金融当局に十分なノウハウがないことから、競争政策を担う当局などとも連携しつつ、新たな金融規制体系を、時間をかけて作り上げていくことが求められる。こうした、金融当局側の対応も踏まえれば、やはり、リブラが発行されるまでには、相応の時間が必要となるだろう。

他方、プラットフォーマーがグローバル規模で金融業に本格参入することで、金融取引コストの低下、金融包摂面での環境改善など、社会的厚生が高められるというプラスの側面があることも疑いはない。この点から、金融当局は安易にリブラ計画を潰すという対応を取るべきではないだろう。様々なリスクを回避しつつ、プラットフォーマーの持つイノベーションを最大限金融業にも導入するために適切な、新たな金融規制のあり方を、時間を掛けてでも探すよう努めるべきだ。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。