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「合意なき離脱」はEU側の譲歩を引き出すレトリック

10月31日の期限までに欧州連合(EU)から離脱することを公約に掲げ、「合意なき離脱」を辞さずとの姿勢を示してきた、ボリス・ジョンソン前外相が、22日の英与党・保守党党首選で勝利をおさめ、次期首相に就任する。しかし、この結果を受けても、「合意なき離脱」は回避されるという金融市場の多数意見は大きく揺らぐことはないだろう。

保守党党首選では、強硬離脱派のジョンソン氏は穏健離脱派のハント外相を大差で破ったが、これは、「合意なき離脱」の方針が支持されたということを意味しないことは明らかだ。党員が期待しているのは、ジョンソン氏が、強い交渉力を発揮して、EU側に離脱協定の修正を認めさせることだろう。さらに、次期選挙で党の顔として保守党の党勢挽回に貢献してくれることも、強く期待しているのだろう。

そして、「合意なき離脱」も辞さずとのジョンソン氏の姿勢は、EU側に離脱協定の修正を認めさせるためのEU向けの脅し文句であることを、保守党員は十分に理解しているのだろう。それは、金融市場も同様である。

ジョンソン氏は、メイ首相がEUとまとめ上げた離脱協定を修正することを強く主張している。焦点は、アイルランドとの国境を巡るいわゆるバックストップを白紙撤回することだ。これが実現すれば、英議会は修正された離脱協定を可決し、英国のEU離脱が実現する。しかしEUは、アイルランド国境問題のような基本的条件についての再交渉には断固応じないとの構えを崩していない。

英国内政治は混乱へ

次期欧州委員会委員長のウルズラ・フォンデアライエン氏は、離脱協定案について「良い合意」と述べ、欧州委員長就任後は再交渉を行わない意向を示した。他方で、英国のEU離脱(ブレグジット)については、3度目の延期もあり得るとし、「英国がさらなる時間を必要とするならば、そうするのが正しいやり方だと思う」と述べている。当面の対応としては、10月31日の期限を再延期することが、EU側の想定している落としどころではないか。

英保守党内では、ジョンソン氏の首相就任を見込んで辞任した閣僚らを中心に、反ジョンソンの勢力が勢いを増している。こうした反対勢力は、「合意なき離脱」阻止を強く目指している。

議会全体で見れば、「合意なき離脱」反対の勢力が明らかに多数である。そこで、「合意なき離脱」を阻止する決議案が提出され、それが可決されれば、「合意なき離脱」は封じ込められる。それを阻むためにジョンソン氏は、10月の議会を休会する強硬策の実施をちらつかせた。さらにそれを封じるために下院は、18日に休会を阻止する議案を可決している。

ジョンソン氏のもとでも、EUとの離脱協定再修正の協議は容易に進まないだろう。最終的には離脱時期が再延長される一方、英国議会ではジョンソン氏と反ジョンソン勢力との対立が激化し、遠くない将来に総選挙になだれ込む、といったシナリオが現実的なのではないか。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。