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7月31日の米連邦公開市場委員会(FOMC)では、事前の予想通り0.25%の利下げ(政策金利引下げ)が決定された。ただし、この利下げが実施される前から、米連邦準備制度理事会(FRB)が利上げの打ち止め、利下げ実施の方針を示唆していたことの効果は、既に米国経済に表れている。

米国で新規住宅ローンの借り換え件数は、4-6月期に前年比で+43%も増加した。その背景にあるのは、FRBの政策方針の変更を織り込んで、長期金利が低下したことだ。30年物住宅ローン金利は5月に4%を下回り、過去3年で最低水準に近付いた。

長期金利が低下すると、短めの金利に連動する変動型から長期金利に連動する固定型へと乗り換える、いわゆる借り換えが急増することが多い。借り換え自体は、新規の住宅購入ではなく、個人の住宅ローンの利払い負担に影響を与えるだけであるが、長期金利の低下を受けて、足もとでは新規の住宅ローン借り入れの申請件数も増えている。それは、4-6月期に前年比で+6.2%増となった。長期金利の低下が、個人の新規の住宅購入意欲を高めたのである。

これは、米国の住宅投資や、住宅購入に関連する消費財の購入を促し、米国経済を支えることになる。同様に長期金利に敏感に動く自動車販売にも追い風となろう。

他方、米国の住宅市場には脆弱性も見られる。それは住宅価格の高さである。主要20都市のS&Pコアロジック・ケース・シラー住宅価格指数は、4月に前年同月比2.5%高と、3月と並んで高水準を維持している。住宅価格の高騰は、潜在的な住宅需要を低下させることになる。足もとでの長期金利低下とそれを受けた新規の住宅購入の増加は、さらなる住宅価格の上昇を招くと共に、将来、住宅需要が急減に転じる潜在的なリスクを一段と高める。

こうした点から、FRBの利下げ策には、金融市場及び資産市場での行き過ぎを増幅し、将来の経済・金融市場の安定を著しく損ねる可能性を高めてしまう、という問題点があるのではないか。

ところで、今後の米国金融政策については、海外経済の悪化を受けて米国経済の減速傾向が強まり、合計で0.5%程度と考えられている予防的で小幅な利下げでは済まなくなるリスクが相応にある。しかしその一方で、利下げを織り込んだ長期金利の低下が住宅、自動車など金利敏感なセクターを刺激することで、当面の米国経済が堅調さを維持し、その結果、FRBによる追加利下げ観測が薄れていく可能性も相応にある。こうした双方向のシナリオを、ともに視野に入れておく必要があるのではないか。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。