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市場はアルゼンチンのデフォルトを織り込む

米中貿易戦争の激化、香港でのデモ激化などの新興国を起点とするグローバル市場の動揺が足もとで続いているが、ここに新たな新興国リスクが加わった。アルゼンチン市場の大混乱である。

アルゼンチンでは10月に大統領選が実施されるが、8月11日に行われた大統領選の予備選挙において、現職のマクリ大統領の支持率は32.1%と、ポピュリストの野党候補アルベルト・フェルナンデス元首相の47.7%に、予想外の大差をつけられた。これを受けて、12日にアルゼンチンの通貨ペソは、一気に25%もの暴落を見せた。2015年12月にマクリ大統領が変動相場制を導入して以来、最大の下落幅だ。さらに、株式、債券も大きく下落する、いわゆる全面安の様相となった。市場は、ポピュリスト政権の誕生をきっかけに、アルゼンチンがデフォルト(債務不履行)に陥る可能性を織り込み始めたのである。

アルベルト・フェルナンデス元首相は、クリスティナ・フェルナンデス・キルチネル元大統領と連携して、自国債務の返済や国際通貨基金(IMF)と再交渉することを目指す方針を示している。ただし、アルベルト・フェルナンデス元首相自身はデフォルトを望んでいないとしている。

マクリ大統領の支持が弱い背景には、IMFからの560億ドルの支援受け入れの条件として、緊縮財政政策を実施しているためだ。それが国民の不満を高めているのである。

新興国にも波及するポピュリズムのリスク

しかし、金融市場でのマクリ大統領の評価は、これとは全く逆で高い。2015年12月に就任したマクリ大統領は、いわゆる構造改革推進派とされる。そのもとで、過去にデフォルトを繰り返してきたアルゼンチンに対する市場の評価は劇的に改善し、2017年6月には異例の100年債を発行するまでに至ったのである。

世界的な低金利のもと、発行利回りが約7.9%の100年債に、利回りを求める世界の投資資金が殺到した。このように、改革志向の大統領のもとで、アルゼンチンの市場は、先進国から見て代表的な新興国投資先となったのである。米国からアルゼンチンへの対外証券投資は、2017年までの5年間で、実に6倍にも膨れ上がった。

12日には、アルゼンチン復活の象徴でもあったこの100年債も、大幅に価格が下落した。新興国投資の代表格であったアルゼンチン市場の混乱は、新興国投資全体のリスクを強く意識させるものとなったのである。

2003年から2015年の間は、クリスティナ・フェルナンデス・キルチネル氏の夫、そして本人が大統領を務め、アルベルト・フェルナンデス氏も政府内で両氏を支えた。しかしこの時期は、アルゼンチンが国債市場からほぼ締め出された時代でもある。市場は、アルゼンチンが再びこの暗黒時代に戻ることを警戒しているのだ。

先進国では、国民受けしやすい目先の利益を追求する政策を掲げ、長い目で見た国民の利益を十分に考えないポピュリズムの台頭が近年目立っている。トランプ政権下での米国第一主義、英国のブレグジット、イタリアのポピュリスト政権誕生などだ。そのもとで実施される経済政策は、保護貿易主義や財政拡張策など、世界の経済、金融市場の安定を損なうものが多い。

他方、アルゼンチンでのポピュリスト勢力の再浮上リスクは、ポピュリズムの台頭とそれに伴う金融市場のリスクが、先進国から新興国にも広がってきたことを象徴しているのではないか。アルゼンチンの場合には、それがIMF救済の枠組みの見直しを通じて、デフォルトリスクを俄かに高めている。このように、先進国と比べて新興国では、ポピュリズムの台頭が金融危機へとより直結しやすいのである。

世界経済が減速傾向を辿るなか、国民の経済的不満を背景に新興国でポピュリズムの台頭が強まり、それが金融危機頻発の引き金ともなりかねない状況だ。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。