8月28日に金融庁が示した「金融行政方針」は、まさに硬軟両面、アメとムチ双方の措置を通じて、再編も含めた地域金融機関の経営健全化を推進させるという、金融庁の強い姿勢を裏付ける内容となった。
アメの施策として非常に注目されるのは、各金融機関の健全性に応じて、異なる預金保険料率(可変料率)を適用する考えが示されたことだ。金融機関が経営破綻に備えて積み立てる預金保険に関する現行法のもとでも、可変料率を適用することは可能である。しかし、実際には各機関に一律の保険料率が適用されている。これを、経営体力のある銀行の保険料を引き下げる。その結果、金融機関間での経営体力、健全性、収益性の格差をより拡大させることにつながる面はあるものの、この措置を通じて、地域金融機関全体に健全性を高めるインセンティブを与えることが目指されているのである。
さらに、5%ルールの緩和、つまり金融機関が国内の会社に出資する際に5%に制限されていた議決権の保有割合も見直す。この措置により、子会社を通じて新たにフィンテック企業を買収し、デジタル分野の事業を進めやすくするなど、新分野への進出を通じた収益性改善、経営立て直しを後押しする。
一方で、厳しいムチの措置となるのが、地域金融機関に対する「早期警戒制度」の活用だ。自己資本比率などの基準を満たしていても、収益性や健全性を将来も維持できるかに焦点を当て、金融機関への監視を強めるというものだ。金融庁は9月中旬から、全国約30行の地銀の経営者らと対話を始めるという。そして、対応が不十分であれば業務改善命令も視野に改革を迫る。
従来は、現時点での自己資本比率に基づいて金融機関の財務の健全性を判断する傾向が強くあったが、より長期的な収益性やビジネスモデルに金融機関の関心を向けさせる効果がある、という点で評価できるのではないか。
さらに、地域金融機関の経営立て直しの手段として環境整備が進められるのが、地方銀行の統合を容易にする独占禁止法の特例法だ。政府は、統合で地域での融資シェアが高まる場合でも、10年間の限定で独占禁止法を適用せずに、特例的に統合を認める方針だ。金融庁は、来年の通常国会にこの特例法案を提出することを目指している。
このように金融庁は、明らかに再編を視野に入れて、硬軟両面から地域金融機関の経営改善を強く後押しする方針を打ち出し、さらにその実現のために必要となる施策をまとめて打ち出したのが今回の金融行政方針である。いわば、お膳立てはかなり整えられた感がある。あとは、9月以降の金融庁との対話、そして来年の独占禁止法適用に関する特例法成立を受けて、地域金融機関がどのような対応を見せるかが注目される。
合併・統合は経営改善、経営健全化のための手段でありスタートとなり得るが、決してゴールではない。明確な改革の方向性を持たない合併・統合は、問題解決にはならないだろう。様々な環境が整えられていっても、それが結実するかどうかは、改革に向けた金融機関の明確なビジョンと強い意志にかかっている。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。