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内閣改造・党役員人事と近づく消費増税

安倍首相は、9月11日に内閣改造と自民党役員人事を実施する。安倍長期政権の政策総仕上げを担う布陣が示されることになる。

ただし、麻生太郎副総理・財務相、菅官房長官は留任する可能性が高く、また、二階幹事長、岸田政調会長も留任の方向と報じられている。こうした影響力の大きい人物が留任する場合、内閣改造、自民党役員人事後も政権の政策運営には大きな変更は生じない。ポスト安倍政権の政策の方向性を示すような人事となることを期待したいところであるが、実際にはそうはならないだろう。

内閣改造と自民党役員人事にまさに重なる形で、長きにわたる安倍政権の経済政策運営の真価が問われる時期が、いよいよ近づいてきた。それに関連する目先の重要なイベントは、10月からの消費税率引き上げである。政府は、いわゆる消費税対策と呼ばれる手厚い景気刺激策の実施を決めているが、それにも関わらず消費税率引き上げ後の国内が顕著に悪化する場合には、政策運営に対する国民の信頼感は過去に遡って落ちてしまう可能性がある。

駆け込みの弱さは「消費増税慣れ」の反映か

しかし、実際には、消費税率引き上げが国内経済に直接的に与える悪影響は大きくないのではないか。消費税率引き上げ、及びそれと同時に実施される各種政策(軽減税率導入、幼児教育無償化)の影響を合計すると、それは、物価上昇を通じて家計の実質所得を2兆円程度減らす見込みだ。しかし、その効果を打ち消す規模で、自動車・住宅減税、キャッシュレス決済のポイント還元策などが実施される。

さらに、前回2014年の消費税率引き上げ前と比べると、駆け込み購入の動きが明らかに弱い。足もとでは、高額衣料品、家電製品、日用品などに駆け込み購入の動きが一部見られるとはいえ、自動車、住宅では駆け込み購入はほぼ生じていない状況だ。その背景には、麻生財務相が指摘するように、自動車・住宅減税による需要の平準化措置の奏功があるだろう。

しかし、それだけではなく、消費者がいわば「消費増税慣れ」をしてきたことも背景にあるのかもしれない。税率を2%引き上げれば、商品の税引き価格に対する税金の支払い額は2%分増加するが、商品の税引き価格と税金支払い額の合計、つまり、消費者が実際に商品購入時に支払う金額の増加率は、税率の水準が上がるに従って低下していくのである。

消費税率が2桁に達することで、税率引き上げに伴う消費者の痛税感が緩和され、「消費増税慣れ」が起こっている可能性があるのではないか。その場合、今後の消費税率引き上げへのハードルがやや低下することになるだろう。

国内経済・金融市場は世界経済の影響を大きく受ける

他方、政府が万全の備えを実施したのも関わらず、消費税率引き上げ後に経済が悪化し、景気後退局面に陥れば、消費税率引き上げがもたらす政治的リスクは一段と高まる。その場合、10%を超える追加的な消費税率引き上げへのハードルが、逆に大きく上昇してしまう可能性も考えられるところだ。

仮に、消費税率引き上げ後に国内経済が後退局面に陥ることがあるとしても、その原因は消費税率引き上げではなく、主に世界経済の悪化のせいである。多くの人が考えるよりも、日本経済は世界経済の影響を強く受ける。それは日本経済の輸出依存度の高さ、企業の海外市場依存度の高さだけによるものではない。為替、株価といった金融市場も世界経済の影響を大きく受け、それが日本経済を左右する面があるのだ。

世界経済が回復局面にある時には、金融市場は楽観的になり、日本の金融機関もリスクをとって海外資産への投資を増やす。そのため、為替市場は円安に振れやすい。それがさらに株高傾向を招いて、国内景気を刺激するのである。

良好な経済のパフォーマンスは「追い風記録」

世界経済が後退局面に陥れば、全く逆のメカニズムから、円高、株安傾向が生じ、国内経済は世界経済と比べてより大きく悪化しやすい。実際、この先世界経済が後退局面に陥れば、景気回復局面の中で生じた円安、株高傾向は相当分巻き戻されてしまうのではないか。世界経済が後退局面に陥ることは免れても、悪化の度合いを強めれば、円高、株安傾向が生じて、国内経済はより悪化してしまうだろう。

現政権は、過去7年間に及ぶGDP増加や雇用の拡大などを、自らの経済政策の効果として喧伝してきた。しかし、実際には、これらは、世界経済の歴史的な長期回復の強い後押しによる側面が小さくないだろう。良好な経済のパフォーマンス、あるいはそれ以前と比べた場合の円安、株高傾向は、世界経済の回復という強い追い風のもとで実現された、いわば「追い風記録」なのではないか。

世界経済が足元で変調をきたす中で、こうした「追い風」が次第に止みつつある。そうしたもとで現出する国内経済・金融市場の姿こそが、いわゆる日本の本来の実力を表すものである。「追い風記録」ではなく、政府の経済政策、日本銀行の金融政策の真の成果が浮かび上がり、それらが国民からの公正な評価に晒されるようになるのは、まさにこれからである。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。