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トランプ米大統領はマイナス金利政策を要求

米連邦準備制度理事会(FRB)への大幅金融緩和の要求をエスカレートさせているトランプ大統領は、9月11日のツイッターで、「FRBは政策金利をゼロかそれ以下に引き下げるべきだ」と発言した。

FRBが欧州諸国や日本と同様に、マイナス金利政策を導入するとの期待が市場で浮上すれば、ドルの下落リスクを一段と高める可能性がある。

しかし実際には、FRBがマイナス金利政策を導入する可能性は低い。今後、政策金利の引き下げが進み、再びゼロに接近する場合には、マイナス金利政策ではなく、金利のフォワードガイダンス(政策方針)の修正と資産買入れの再開で対応する可能性が高いだろう。

米国ではマイナス金利政策導入に法的な問題

かなり以前のことであるが、2010年8月に、FRBのスタッフは、中銀当座預金の付利金利をゼロあるいはマイナスの水準に引き下げることの効果についてのメモを、米連邦公開市場委員会(FOMC)に提出している。同政策の導入には慎重な判断を示す内容であったが、その理由は主に技術的なものである。元FRB議長のバーナンキ氏はそれを以下のように説明している。

第1はオペレーション上の問題であり、システム変更の必要性や、現金需要増加の可能性などである。

第2に法的な問題であり、FRBが銀行に対してマイナスの当座預金金利を押し付ける権限を持っているか否かという点である。この法的な制約は、FRBにとっては他の中央銀行と比べて、そして多くの人が考えるよりもずっと厳しい問題だ。法律の条文は、「FRBは準備預金に対する金利を銀行に支払うことができる(the Fed can pay banks interest on their reserves)とされているだけであり、その金利をマイナスにする、つまり銀行がFRBに金利を支払うことが認められるか否かは明確でない。

またそれが認められない場合には、FRBが決済機能を持つ銀行の準備預金に対して手数料を徴収できるか、という可能性が検討される。しかしその際の問題は、法律は、「FRBがサービスに課す手数料は、長期間のコストを反映するもの」と規定していることである。FRBが銀行の準備預金を保持する直接的なコストは、実際には低い。

他方で、準備預金に対する手数料を、決済機能サービスに対する対価ではなく、銀行に対する監督、規制の対価とする解釈もあり得る。

いずれにしても、FRBがマイナス金利政策を導入する際には、こうした極めて複雑な法的問題をクリアする必要がある。

マイナス金利の幅はどこまで可能か?

仮にマイナス金利政策を導入した場合、政策効果を損ねる現金保有の急拡大を招くことなく、果たしてどの程度の水準まで金利を引下げることができるかが、その政策の効果を評価する際に重要である。

これについても、先述の2010年のFRBのスタッフのメモの中で分析されており、銀行が金庫に巨額の現金を貯蔵するコストから算出された水準は、-0.35%と小幅なマイナスであった。そしてそのメモでは、マイナス金利政策の導入のメリットは小さい、と結論付けられた。

しかし欧州ではそれ以上の幅でのマイナス金利が既に導入されている(スイスは-0.75%、スウェーデンは-0.5%)。このことは、計算以上に金利を引下げることが可能であり、その分、マイナス金利政策の効果は大きくなることを意味するかもしれない。

ただしバーナンキ氏は、米国ではスイスやスウェーデンと同じ水準まで金利を引下げるのは難しいとしており、その理由にMMFを中心とする金融機関への打撃と金融市場への悪影響をあげている。

マイナス金利政策のパラドックス

バーナンキ氏は、マイナス金利政策の実現可能性とその効果の間に、一種のトレードオフの関係が存在するという、興味深い指摘もしている。マイナス金利政策を導入した際に、その効果を高めようとすれば、中央銀行は、マイナス金利政策を長く維持することを金融市場に信じ込ませ、長めの金利をより押し下げるようなフォワードガイダンスを行うことになる。

しかし金融機関が、マイナス金利政策が長く続くと信じれば、一時的なコストである金庫購入などの現金貯蔵コストが、時間当たりで計算すれば低下するため、現金保有のインセンティブが高まり、それがマイナス金利政策の効果を低下させる、あるいはその持続を困難にさせるという、一種パラドックス的な状況が生まれてしまうのである。

マイナス金利政策への強い反対論

FRB関係者は総じてマイナス金利政策導入に慎重、あるいは批判的である。また経済学者らのなかでも反対論は少なくない。例えば、ジョセフ・E・スティグリッツ・コロンビア大学教授はその一人である。同氏は、マイナス金利政策導入によって実質金利を追加的に引下げても、ほとんど経済効果はないとしたうえで、銀行に対して貸出を増加させる誘因にならない反面、銀行のバランシートを損なう、としている。

また、ヘリコプターマネー政策を提唱する英金融サービス機構の元長官アデア・ターナー氏も、マイナス金利政策には批判的である。同氏は、日本銀行やECBのマイナス金利が実体経済の消費・投資に与える効果は小さい一方、銀行は預金者にマイナス金利を課す代わりに貸出金利を引上げることで利鞘確保を図る可能性があり、その場合にはマイナス金利政策が金融引き締め効果を持ってしまうことを指摘している。また、超低金利が維持されれば、金融不均衡の形成が促されるとの弊害も挙げている。

さらに、プリンストン大学のクリストファー・シムズ教授は、「物価水準の財政理論(FTPL)」の考え方に基づいて、マイナス金利政策の効果には否定的である。現金通貨を廃止することでマイナス金利の幅を拡大させる場合には、適切な財政政策が実施されないと深刻なデフレを招く、と警鐘を鳴らしている。

このように、マイナス金利政策の導入については、法的な問題というハードルがあるうえに、その効果についても懐疑的な見方がFRB内、あるいは米国の学者の間でも強いのが現状である。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。