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日米貿易協定締結を急いだトランプ大統領

9月下旬の日米首脳会談を経て、日米貿易協定が月内にも正式に締結される見通しとなった。ただし、この日米貿易協定はいわば暫定的なものであり、より包括的な協定に向けた日米間の議論は今後も続けられる。

16日にトランプ大統領は、規定に基づいて、日本との貿易協定に近く署名する意向を議会に通知した。今回の日米貿易協定に、米国議会の承認は必要ない。貿易促進権限(TPA)法の特例措置に基づき、時間がかかる議会手続きを簡略化することができるのである。

原則として関税率が5%を超える輸入品の関税を削減する場合、米議会の承認が必要とされるという。米国は離脱前の環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉で、25%の関税率であるピックアップトラックの関税撤廃を受け入れていた。そこで今回の日米貿易協議で日本政府は、自動車の関税率2.5%の撤廃と共に、ピックアップトラックの関税撤廃を、米国政府に要求していた。

しかし、ピックアップトラックの関税率25%の大幅引き下げ、あるいは撤廃を協定に盛り込めば、それは、米議会の承認が必要となり、その場合、かなり時間を要する可能性がある。実際、昨年メキシコ、カナダとの間で合意した改定NAFTA(USMCA)でも、米議会の承認の目途は立っていない。それでは、年明け早々にも本格化する大統領選挙戦で、有権者に日米貿易協定締結の成果をアピールすることはできない。そこで、トランプ大統領は、農産物分野を中心に据えた、いわば暫定的な日米貿易協定の合意を急いだのである。

早期妥結のため、農産物の関税率引き下げについては、日本側に譲歩して大幅引き下げの要求をひっこめた。また、日本がかつて米国に認めたコメの無関税枠7万トンについても、撤廃も視野に入れ大幅に削減する方向で米国側が譲歩する見通しだ。

自動車追加関税適用回避も一時的か

他方、自動車分野については、関税についての米国側との合意は先送りされ、日本にとっては大きな懸念が残されることになった。

外相就任後も引き続き対米交渉にあたっている茂木敏充外相は、17日の閣議後の記者会見で、日米貿易協議の署名に向けて、「米国側が日本の自動車に追加関税を発動しない」との内容を盛り込んだ文書を作成する、との見通しを示した。仮にそのような文言が協定に盛り込まれるとしても、効力は一時的で、将来にわたって追加関税を発動しないことを米国側が約束するものとはならない可能性に、注意しておきたい。

米国政府は、すべての輸入自動車を安全保障上の脅威と位置付け、米通商拡大法232条による最大25%の追加関税の導入を検討中である。その判断がなされない段階で、日本についてだけその適用を将来にわたって除外する決定をするというのは考えにくいのではないか。また、そうした場合には、他国からも適用除外の要求が強まってしまう。日本車だけ安全保障上の脅威とはならない、と強い根拠をもって説明することが難しい点を踏まえても、なおさらである。

トランプ大統領はより包括的な協定を引き続き目指す

この点から、日本にとって、対米自動車への追加関税導入や対米自動車輸出の自主規制の導入などのリスクは、日米貿易協定締結後も残されることになるのではないか。

また、麻生財務相は閣議後の会見で、新しい貿易協定には自国の通貨安誘導を制限する為替条項が盛り込まれない、との見方を示している。今回の協定には為替条項は含まれないとしても、今後の交渉の中で米国側がそうした要求をしてくる可能性は残されているだろう。

トランプ大統領は、今後数週間以内に「関税の障壁」に関して「初期」の協定に署名するとの意向を示している。さらに米議会に対して、「より公正で互恵的な日米貿易関係につながる包括的な通商協定の締結を目指す」と説明し、日米貿易交渉を今後も段階的に進め、最終的にサービスの貿易や知的財産保護のルールなどを含むTPP並みの包括的な協定を目指す方針を示しているのである。

トランプ大統領は、大統領選挙に向けた戦略の一環として、日米貿易協定の締結を急いだが、それはかなり部分的、暫定的なものにとどまるものであることを、日本は十分に理解しておく必要があるだろう。トランプ大統領の認識では、今回の協定は「初期」の段階のものに過ぎないのである。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。