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円高牽制の意図が強い対外公表文

前回の当コラム( 「次回決定会合への市場に注目を高める日銀」 、2019年9月19日)で指摘したように、19日の金融政策決定会合で最大の注目点となったのは、対外公表文に新たに加えられた、以下のメッセージ性の強い文言をどう解釈するかであった。

「日本銀行は、『物価安定の目標』に向けたモメンタムが損なわれる惧れについて、より注意が必要な情勢になりつつあると判断している。こうした情勢にあることを念頭に置きながら、日本銀行としては、経済・物価見通しを作成する次回の金融政策決定会合において、経済、物価動向を改めて点検していく考えである。」

これについて前回のコラムでは、第1に、次回10月の決定会合で追加緩和措置を実施するとの予告、第2に、円高リスクを軽減し、追加緩和までの時間稼ぎを狙った市場へのリップサービス、と2つの解釈を挙げ、そのうえで、第2の側面の方がやや強い、と指摘した。

その後の総裁記者会見を踏まえると、実際のところ、第2の解釈が有力との印象をより強めた。つまりこの文言は、次回10月の会合で追加緩和措置を実施するとの予告ではなく、円高阻止を狙ったメッセージの側面が強いと思われる。実際のところ総裁も、次回会合での追加緩和を予告するものではない、との主旨の説明をしている。

18日の米連邦公開市場委員会(FOMC)では、米国の金融緩和が今後は停止あるいはペースダウンする可能性が示唆された、と考えられる。そうした状況のもとでは、円高リスクは従来よりも軽減されることから、日本銀行は、円高リスクを強く意識して、ここまで強いメッセージを出す必要はなかったのではないか、という疑問も生じる。この文言は、日本銀行がFOMCの結果を知る前に固められた可能性が高いだろう。

景気判断はそれほど悲観的でない

この文言は、物価安定の目標に向けたモメンタムが損なわれる惧れが前回会合よりも一段と高まり、その結果、日本銀行が緩和により「前向き」になっていることを示す、と総裁は説明していた。しかし、それは本当に根拠のあることなのだろうか。

総裁は、地政学リスクも含め、海外経済の下方リスクがより強まっていると説明したが、欧州地域は別にして、日本にとっての海外経済の下方リスクが、前回会合時と比べて明らかに強まったとは言えないのではないか。

記者会見が進むに連れて、海外経済に対する総裁の評価は必ずしも厳しくはないことが次第に明らかになっていったように思われる。世界経済の先行きについては、国際機関と同様に、この先持ち直しておくことがメインシナリオであることを総裁は認めた。また、中国については今後の景気対策の効果に期待する発言があり、さらに米国経済についてはかなり強気の景気判断が示され、景気後退に陥るリスクは小さい、とまで言い切っていた。

このような点を踏まえても、日本銀行が現時点で10月の会合での追加緩和の実施を既に決めている可能性は低いだろう。

勿論、10月の会合までに円高が急速に進むなど、経済・金融情勢に大きな変化が生じる場合には、追加緩和を実施する可能性は残されている。その場合、追加緩和実施を対外公表文で事前に市場に伝えていた、と後付けで説明する可能性はあるだろう。この意味で、対外公表文での強いメッセージは、日本銀行の「両睨みの戦略」を反映していると言えるだろう。

総裁記者会見でもう一つの注目点は、イールドカーブ・コントロールの修正の可能性であった。10年国債利回りの変動レンジを拡大する、あるいは撤廃するなどの決定は、昨年の7月の決定会合と同様に、総裁記者会見で発表される可能性が高いためだ。

実際には、イールドカーブ・コントロールの修正はなされなかった。一時期は変動許容レンジの下限を大幅に下回っていた目標の10年国債利回りは、世界的な長期国債利回りの急上昇の影響を受けて、足もとでは変動許容レンジに戻ってきたことから、修正の必要性がとりあえず低下したのだろう。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。