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企業への浸透が遅れる新制度

今年4月施行の改正入管難民法で外国人の新たな在留資格となる「特定技能制度」が導入されてから、この10月で半年が経過した。9月27日時点で資格が許可されたのは376人と、初年度で最大約4万人とされた上限の目途に対して、実に1%未満の水準にとどまっている。5年間では最大約35万人が目途とされている。

他方で、住居の確保など特定技能の外国人の生活を支援する「登録支援機関」は、9月19日時点で全国2,329にも上っており、バランスを大きく欠いた状態にある。

特定技能での受け入れが現状で進んでいない背景には、多くの要因がある。特定技能の対象となる14業種のうち、現在先行的に資格を得るのに必要な技能試験が実施されているのは、「介護」「宿泊」「外食」の3業種のみである。出入国在留管理庁によると、この新たな技能試験には既に2千人以上が合格しているという。合格者に対する資格認定作業の遅れも、資格者の増加を阻んでいる一因だろう。

申請書類は約20種類にも及び、大量の記載漏れ、添付漏れなど申請者側の問題も発生していることが、資格審査の手続きを遅らせる要因となっているという。それ以外に、労働力の送出国側の対応の遅れもあるようだ。

しかし、こうした要因以上に問題なのは、雇用する企業側の制度に対する理解の低さや新制度利用に対する慎重な姿勢だろう。各地で開かれる特定技能の説明会では、技能実習制度と特定技能制度との違いがよく分からない、等の声が企業側から多く聞かれるようだ。

日本で3年以上の経験がある技能実習生は、無試験で特定技能1号に移行できる。しかし、その切換えに慎重な雇用者、企業も少なくないようだ。特定技能外国人には、日本人と同等の賃金水準が求められ、人件費増加につながるためだ。

問題の多い技能実習制度を温存させてしまう

さらに、特定技能者は同じ職種なら転職も可能となる。人手不足対策で雇用を確保したいと考える企業にとって、これは大きな不安となっているだろう。

特定技能者が転職する場合には、賃金水準の高い都市部に流れていってしまうことも問題とされる。その結果、地方部での人手不足が緩和されない可能性も出てくる。賃金の高い都市部への偏在を防ぐために、国は3か月ごとに都道府県別での受け入れ人数を公表する予定だが、実効性は疑問だ。

特定技能制度導入の狙いには、人手不足対策に加えて、問題の多い技能実習制度の改革があったはずだ。技能実習制度は、外国人に日本の技術を学んでもらい、それを母国に持ち帰って経済発展に役立ててもらうという、国際貢献を主な目的とした制度である。ところが実際には、企業が外国人を低コストの労働力として利用する制度、という性格が強まってしまった。技能実習制度を巡っては、違法な低賃金や長時間労働などが行われ、またその結果、実習生の失踪が続出するといった問題も生じた。さらに、監理団体や海外の送り出し機関が、実習生から法外な手数料を徴収しているケースも明らかになっている。

特定技能の増加が遅れれば、このように極めて大きな問題を抱える技能実習制度を現状のまま温存させてしまうことにもつながるだろう。

特定技能については、送出国への働きかけなども通じて、新たに海外から受け入れることに加えて、国内では、技能実習生からの転換を強く進めることが重要だろう。そのためには、技能実習制度の本来の主旨から乖離した形で技能実習生を受け入れている企業に対する取り締まりの一段の強化も必要となる。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。