&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

ザッカーバーグ氏が米議会で証言

フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEO(最高経営責任者)は10月23日に下院金融委員会で、フェイスブックが主導するリブラについて証言を行った。ただし証言の中では、リブラ構想について注目に値するような新たな事実は出てこなかったように思われる。

重要なのは、リブラ計画についてのザッカーバーグ氏の強い意志を改めて確認できたことだろう。同氏は、米当局の承認が得られなければリブラをスタートさせるつもりはない、と説明した。また、フェイスブックの子会社カリブラを含むリブラ協会が米金融当局の承認なしにリブラの発行を決める場合には、フェイスブックはリブラのプロジェクトから抜ける、とした。実際には、フェイスブック抜きのリブラ発行はあり得ないことから、この説明は、米当局の承認を得た上でしかリブラを発行することはない、という当局に従順なフェイスブックの姿勢をアピールする戦略の一環なのだろう。

リブラの発行は当初2020年前半を予定していたが、米金融当局の承認を得るまでに時間がかかることから、発行時期は当初予定をずれ込むとの見通しをザッカーバーグ氏は示した。しかし、これについては、既に他のフェイスブック幹部らも言及していることであり、新たな情報ではない。

またザッカーバーグ氏は「中国は、一帯一路構想の一部となるデジタル人民元計画を、アジアやアフリカで影響力拡大に使おうとしている」と指摘し、リブラがデジタル人民元の拡大を防ぐ存在になると示唆し、反中意識が強い米議会からリブラの支持を得る戦略もとった。しかし、この論点も、既にフェイスブックの幹部が米議会に示していたものだ。

リブラを巡る当局とフェイスブックの議論は膠着

米国に限らず世界の金融当局は、リブラを厄介な存在と考えている。フェイスブックがひとたび当局に挑戦的な姿勢を見せ、計画実行を断行する構えを見せれば、金融当局や米議会はリブラ計画を潰しにかかるだろう。しかし、フェイスブックは、そうした意図を察知して、当局に従順な姿勢を維持する戦略をとっている。その結果、当局は簡単にリブラ計画を潰すことはできないのである。フェイスブックが主張するように、リブラは、多くの人が利便性の高い低コストの金融サービスにアクセスすることを助ける、いわゆる金融包括(ファイナンシャル・インクルージョン)を促すという社会的な意義がある。その点を当局は無視できない。

当局は、フェイスブックが自らリブラ計画を破棄してくれることを望んでいるのだろうが、今回の証言でも、ザッカーバーグ氏は引き続き計画を維持する姿勢を見せた。

強い逆風の中でも、フェイスブックがリブラ計画にこだわる理由も慎重に考えておかねばならない。リブラ協会のメンバーは、リザーブの運用で巨額の利益を挙げることが可能となるというメリットがある(当コラム、2019年7月5日「リブラの利用拡大で最も困るのは中央銀行」参照)。それ以外にも、デジタル通貨を起点として、フェイスブックは本格的に金融業に参入する考えであるかもしれない。データの蓄積と分析に長けるフェイスブックは、それを利用して既存の金融業界を大きく変革し、独占的な地位と利益を得ることを視野に入れているのかもしれない。

こうしたフェイスブックの本当の狙いを探るためにも、金融当局はフェイスブックともっと直接議論すべきだ。金融当局側は早期に具体的な規制の体系を示し、また、フェイスブック側も各国金融当局や政府などが強く懸念する、マネーロンダリング(資金洗浄)などの犯罪利用を回避するための本人確認策など具体的な枠組みを早期に示すべきだろう。現状のままでは、当局とフェイスブックがにらみ合ったまま、議論は膠着状態を続けてしまう。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。