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噴き出すドラギ前総裁の政策運営への不満

欧州中央銀行(ECB)は、11月13日に理事会を開く。これは、年8回開かれる金融政策を決める理事会ではなく、それ以外のテーマを議論する理事会だ。通常は余り注目されることはないが、今回は例外的に注目度が高まっている。それは、11月に就任したラガルド新総裁が参加する初めての理事会という点に加えて、金融政策決定プロセスの透明性を高める新たな方式の導入が議論される見通しであるからだ。

フィナンシャル・タイムズ紙は、金融政策を決める際に正式な投票を行うことなど、決定方式に関わる制度変更を、理事会の複数のメンバーが提案する、と報じている(注)。さらに、理事会で正式に決定する前に、総裁が政策変更の考えについて事前に言及することを禁じる規定の提案も含まれるという。ドイツ、オランダ、オーストリアなどの中央銀行が、共同でこうした提案をすると見られる。

こうした動きが出てきたきっかけは、前ドラギ総裁が、退任直前の今年9月の理事会で、一部のメンバーの反対を押し切って、政策金利引下げ、資産買入れ再開などの緩和策のパッケージを決めたことだ。ドイツ、オランダ、オーストリアなど積極緩和策、特に資産買入れ策実施に慎重な中央銀行は、この決定に反発を強めた。前ドラギ総裁は、理事会内に大きな対立を残して退任したのである。さらに、前ドラギ総裁のもとでの理事会内のコンセンサス作りを必ずしも重視しない政策手腕に対する長年の不満が噴出した形だ。

政策決定の透明性を高める狙い

現在は、政策金利の変更に関する投票権を有する理事会メンバーの採決は、総裁が決めた時にのみ実施される規定となっている。これを、政策金利のみならず、すべての金融政策決定に関して毎回の理事会で実施する規定とし、さらに、反対意見の要旨とともに採決の結果を公表することが提案される見通しだ。

これらの変更は、米連邦公開市場委員会(FRB)、イングランド銀行(BOE)、日本銀行の制度に倣うものだ。それを通じて、政策決定の透明性を高めるとともに、総裁の権限を押さえて複数で政策決定を行う委員会制度の本来の機能を強める狙いがある。理事会をより民主主義的にする試みとも言えるだろう。

そもそも、ラガルド新総裁に代われば、コンセンサスをより重視する政策決定手法に移ることが予想されるが、それを制度変更で確かなものとする考えがあるのだろう。

欧州経済は引き続き厳しい状況が続いているが、9月に緩和策のパッケージを打ち出したこと、それをきっかけに理事会内での対立が強まり、現時点での追加緩和措置はさらに対立を煽ることなどから、しばらくの間はECBの政策は現状維持が見込まれている。金融市場は来年の春頃に次の政策金利引下げの可能性を織り込んでいる。そうした間に、このような制度変更が議論されるのだろう。

各国の利害がぶつかり合うECBでは、他の中央銀行と比較して総裁の権限を強めておかないと意思決定が滞ってしまう、という事情が従来はあったのかもしれないが、ラガルド新体制の下でそれも修正されていきそうだ。金融政策運営の経験がないラガルド新総裁であるが、得意の調整能力を発揮して、委員会制度の下で金融政策を上手く運営していけるか、その手腕が一段と試される状況になってきた。

(注)"ECB policy team asks Lagarde for bigger say on monetary decisions", Financial Times, November 11, 2019

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。