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リブラには否定的な意見が多い

筆者は現在、中国広東省の広州市にいる。中国の民間組織が開催している国際金融コンファレンスに参加するためだ。広州市は人口800万人を超え、北京、上海とともに中国3大都市とされる。毎年春と秋に開かれる広州交易会(カントン・フェアー)でも有名な商業都市だ。鄧小平の対外経済開放政策をきっかけに急速な経済成長を遂げた当地であるが、2800年以上の歴史を持つ古都でもあり、古くから海外交流の窓口となってきた。海のシルクロードの重要な寄港地となっていた時期もあったという。

このコンファレンスでは金融問題だけではなく、中国の対外開放政策、中国経済、広州地域の経済発展など幅広いテーマが議論されている。そうした中、筆者がパネリストとして参加したのは、デジタル通貨をテーマにしたセッションだ。7人のパネリストのうち外国人は自身を含めて2名、残りは中国人で、その中には金融当局関係者も含まれていた。

リブラについて自身は、「リブラは様々な問題を生じさせる一方、金融包摂を促す社会的な意義もあることから、十分に規制を検討したうえで現在の金融システムの中に統合させるように努めるべき」との意見を述べた。自身は比較的中立的な意見を述べたつもりであったが、中国人のパネリストらはリブラにかなり否定的であり、自身は唯一のリブラ擁護派に位置付けられてしまった。

他方、議論の中では、同じデジタル通貨であってもアリペイやウィーチャットペイのように銀行システムに依存したデジタル通貨と、デジタル人民元のようにブロックチェーンに基づいた暗号通貨とが明確に区別され、その優劣も議論されていた。新たな技術に基づいた暗号通貨を推進すべきだ、というのが大勢の意見だ。一方、通貨は国家主権に関わるため、デジタル通貨もソブリン建て(自国通貨建て)が良いとの見解が大勢となった。自身はグローバルに使える、つまり国際決済を容易にするグローバル通貨に理解を示したが、この点でもパネルの中で孤立してしまった。

人民元国際化が重要な政策課題に

こうした議論の流れは、中国人民銀行が発行を目指す、ブロックチェーン技術に基づく中央銀行デジタル通貨、いわゆるデジタル人民元を暗に強く支持するものであったと思う。そして、デジタル人民元の発行が人民元の国際化という国家戦略と強く結びついているとの認識を、自身はこのコンファレンスを通じて一段と強めた。他のキーノートスピーチでも、金融当局関係者が、人民元の国際化の重要性を強く訴えていた。また、このデジタル通貨のセッションでも、人民元の国際化とドルへの対抗を示唆するような発言が聞かれた。

デジタル人民元は、ソブリン建て(自国通貨建て)ではあるが、中国と中国以外の間での決済を担うグローバル通貨としての役割が期待されている。パネルの中ではグローバル通貨には否定的な意見が多かったが、実際にはデジタル人民元は、人民元の国際化とドルへの対抗を強く意識し、中国国外での利用拡大を狙ったグローバル通貨に他ならない。

しかし、その利用拡大を狙っているのは広い意味での中国経済圏である一帯一路関係国だ。中国にとっては、他国であっても友好国、広い意味での同じ経済圏の中で利用されるデジタル人民元は、グローバル通貨ではない、という解釈なのかもしれない。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。