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レピュテーションの回復が課題

筆者は中国広東省の広州市で開催されている国際金融コンファレンスに、23日から参加している。本日(24日)は、一帯一路構想についてのセッションを聞いた。パネリストの構成は中国人と外国人がそれぞれ半々であり、外国人の中では一帯一路構想の恩恵を大きく受けているパキスタンからの参加が多かった。各パネリストともに、一帯一路構想の重要性を強く訴え、否定的な意見はない。

ただし、世界経済の減速に加えて、米国などから「借金漬け外交」と強く批判されていることも影響して、一帯一路のインフラプロジェクトの勢いも近年落ちている。一帯一路構想を再び活性化するための戦略についても、パネリストらから示された。

ブラジルから参加したパネリストは、南米の国々は一帯一路構想に概して慎重であり、正式に参加した国は、人口構成比で見れば南米全体の40%に過ぎないという。ブラジルもアルゼンチンも正式には参加していない。その背景として、一帯一路構想は中国主導のプロジェクトであり、中国の利害に基づいているとの認識が強いことがあると、そのパネリストは指摘する。米国などからの「借金漬け外交」との批判が強く影響しているのだ。そこで、一帯一路構想の中のスリランカのような悪い例ではなく、良い例をアピールしていく広告活動が重要だとの指摘がなされた。

このように、やや傷ついてしまった一帯一路構想のレピュテーション(評判)を回復させることが、中国にとって喫緊の課題となっている。そこで、米国など先進国から要求されている、相手国の財務環境への配慮、透明性強化、環境問題への配慮などの方針が打ち出されている。今年、北京で開かれた一帯一路構想の国際大会は2回目であったが、次回3回目には、環境への配慮に向けたルール作りが大きなテーマとなるようだ。

ブレトンウッズ体制は時代遅れとの指摘も

他方、先進国側からの批判を受け入れるばかりでなく、一帯一路構想の重要性を先進国にも訴えるべき、との議論も打ち出された。それは、「第2次大戦後にブレトンウッズ体制の下で作られた世界銀行、国際通貨基金(IMF)などの国際金融制度の役割は既に時代遅れになっている、新たな方向性を示すのが、一帯一路構想を支えることが期待されるアジアインフラ投資銀行(AIIB)」との指摘だ。例えばガバナンス構造を見ると、途上国向け融資を主導してきた世界銀行、あるいはIMFなどの組織では、執行役会を管理する取締役会の権限が強過ぎるために、機動的なプロジェクトが発動できないという。他方、ガバナンス体制が弱いとしばしば指摘されるAIIBでは、執行役会の自由度がもっと高いという。

さらに、一帯一路構想はニーズに応える、ニーズベースのプロジェクトであるとの指摘が複数のパネリストから示された。これは、新興国融資については、世界銀行などはルールに縛られるルールべースのプロジェクトになってしまっているのに対して、一帯一路構想はニーズベースのプロジェクトであることを主張しているのだろう。

パキスタンから参加したパネリストは、かつてパキスタンはテロが横行し、治安の悪さから海外からの資金調達ができなかったと説明した。ところが一帯一路構想のもとで中国からの資金調達ができ、インフラ整備を進められたことをパネリストは高く評価している。それは、電力インフラの整備である。パキスタンは深刻な電力不足に直面しており、それが成長率を2.0%~2.5%も低下させているといる。

ルールベースからニーズベースへ

確かに、世銀など先進国が主導して作った金融の枠組みの下では、救われない多くの潜在的資金ニーズが新興国にはあり、それを一帯一路構想が満たしているという面があることは否定できないだろう。インフラ投資に限らず、先進国側も自らが作り出した規範、ルールを新興国に当てはめるだけでは、世界経済の問題を解決できない。新興国のニーズをしっかりと把握した上で、既存のルールを見直す柔軟な姿勢も求められるのではないか。

ところで、一帯一路構想についてのセッションでも米中貿易戦争については何度か言及されたものの、明確に米国政府、特にトランプ大統領を批判する発言は聞かれなかった。これは、他のセッションでも同じである。「トランプ」という言葉を筆者が唯一聞いたのは、自身がパネリストとして参加したデジタル通貨のセッションで、「欧州でグローバル法定通貨構想が浮上している背景には、ドル安誘導を狙うトランプ政権のもとでドル一極体制の弊害が強まっていることへの対応がある」と説明した際のみである。

米中が部分合意に向けて協議を進める中で、露骨な米国批判を控えるとの配慮が参加者にはあるのだろう。そうした行動から、むしろ中国にとっての米中貿易戦争の深刻さを感じ取ることができたように思う。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。