&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
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筆者は27日に香港から韓国・ソウルへと移動した。目的は投資家とのミーティングである。覚悟はしていたがソウルは非常に寒く、最低気温は摂氏ゼロ度程度だ。香港と比べると15度近くも低い。それでも、例年のこの時期と比べると、ソウルの気温はやや高めだという。

韓国では、外交面、経済政策面で文政権に対する批判が強まっている。文大統領の支持率は40%程度と決して低くはないように見えるが、ピークの半分の水準まで落ちている。また、支持率調査の正確さへの疑問も出ているという。主要紙は総じて政府寄りの報道をする傾向が強く、それらの支持率調査結果には偏りがあるとの見方もされている。韓国では主要メディアの報道の信ぴょう性を疑う傾向が国民の間に出てきているようだ。

文政権の経済政策では、左寄りの政策が裏目に出ている面もある。所得格差の縮小を図って、全国レベルで最低賃金が急速に引き上げられた。しかし人件費の高騰は、中小企業の経営を苦境に陥れ、雇用抑制や経営破綻などを通じて、雇用情勢の悪化につながってしまっている。日本でも、最低賃金の引き上げを通じて賃金全体の底上げを図る政策がとられているが、韓国での最低賃金引上げ策の失敗は、日本にとって大きな教訓となるはずだ。

さらに、住宅価格の高騰も大きな問題だ。その背景には、個人が投資目的で住宅購入を積極的に行っていることがあるようだ。価格が高騰した結果、住宅が購入できなくなった庶民から政権への不満が高まっている。かつての日本のバブル期にも似た状況だ。足もとで景気が悪化する中でも住宅価格に下落の兆しが見られていない。

これは、中央銀行にとっても頭の痛い問題だ。景気情勢が悪化したことを受けて中央銀行は金融緩和を実施したが、それが住宅価格の高騰、バブルの形成をさらに後押ししてしまう可能性があるためだ。ひとたびバブルが崩壊すれば、かつての日本のように銀行の不良債権増加につながり、金融システムを不安定化させかねない。

韓国では長らく家計債務の増加が大きなリスクとされてきた。膨れ上がった家計のバランスシートの資産側には住宅がある。ひとたび住宅価格が下落に転じれば、家計債務問題は一気に深刻化し、家計の破綻が相次ぐ可能性がある。そうなれば、社会不安から政権への批判は相当強まることになろう。また、そこまで事態は悪化しないとしても、バランスシートの毀損を受けて個人消費が悪化する可能性は高いだろう。

中国もそうであるが、韓国でも、日本の過去の不動産バブルとバブル崩壊の過程から教訓を得ようとする機運が強いようだ。人口減少問題などでもそうだが、日本は韓国の将来の姿であり、その失敗から学ぶべき、との意識が韓国では強い。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。