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予想通りに政策金利は据え置き

12月10、11日に開かれた米連邦公開市場委員会(FOMC)では、事前予想通りにFF(フェデラルファンズ)金利の誘導目標レンジを、1.5%~1.75%で据え置く決定がなされた。前回10月のFOMCまで3回連続で政策金利は引き下げられたが、今回から金融政策が様子見の局面に入ったことが示された。

声明文では、「現在の金融政策の運営姿勢は適切」との判断を改めて示した上で、「この見通しに対する不確実性は残る」という前回の声明文の表現は削除された。このことは、この先経済、物価、金融情勢に多少の変化が生じるとしても、しばらくは金融政策を変更しないことが、FOMC内でコンセンサスになっていることを裏付けていよう。パウエル議長は記者会見で、追加緩和の実施には、見通しの「大幅な再評価」が必要になるとしている。

FF金利の水準調整は完了

7月以降の3回の政策金利引下げ実施は、大統領選挙を睨んだトランプ大統領の緩和要求という政治介入の影響を受けた側面もあったが、それに加えて、パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長のもとで進められた数次回の政策金利引き上げに対する不満が、メンバーの中で一気に噴き出したこともその背景にあったと見られる。

FF金利を2.5%まで引き上げた結果、それが、経済に中立的な金利水準(自然利子率)を相当上回ったとの見方が過半数を占め、それを中立に近い水準まで再び押し戻すことが過半数のメンバーによって支持されたとみられる。

しかし、3回の政策金利引下げ措置によって、メンバーの大半が適切と考える水準までのFF金利の調整は完了し、FOMC内での激しい意見対立は概ね解消したとみられる。それは今回の決定が、今年4月30日~5月1日のFOMC以来、初めて全会一致となった点に端的に表れている。

2020年は政策金利引き上げ見通しが大勢に

注目されていたFOMC参加者によるFF金利の見通しの結果は、若干意外なものとなった。参加者17人のうち13人が2020年のFF金利は横ばいと予想、4人は0.25%の引き上げを予想した。他方で、FF金利の引下げを予想した参加者はいなかった。2021年については、FF金利の据え置きを予想する参加者は5人、引き上げを予想する向きは12人にも及んだ。FOMCの政策姿勢は、ハト派から一気にタカ派に転じた感がある。

今回のFOMC前には、2020年に0.25%の追加的な金利引下げが、FF金先市場に織り込まれていた。今回の決定を受けて、市場の追加緩和期待はかなり後退するだろう。

実際には政策金利引き上げのハードルは高い

しかしながら、経済情勢が悪化すれば、2020年にも追加緩和策は講じられる可能性は残されている。他方で、経済情勢が明確に改善、あるいは物価上昇率が高まっても、政策金利の引き上げ措置は実施されにくいだろう。金融政策姿勢は上下に対称ではないのだ。これは、既に見たFOMC参加者によるFF金利の見通しとは相容れないが、実際はそうなのだろう。

FRBは、2019年6月以降、金融政策の枠組みの見直しを議論している。この見直しの最大の焦点は、予想物価上昇率(インフレ期待)を高めることを通じて、次の景気後退時にも金融政策の有効性を維持することにある。

見直しの具体策として、FRB内でもより多くの支持が得られそうなのは、2%の物価目標を平均的に達成することを目指すという方針を示し、実際にそうした政策運営を行うというものだ。景気悪化局面で物価上昇率が2%を下回ることは避けがたいとすれば、景気回復局面で物価上昇率が2%を明確に上回ることを容認し、平均で2%程度になるように目指す、という枠組みだ。それによって、中長期の予想物価上昇率が2%まで高まり、その水準でアンカー(安定)されることが期待されている。これは、「穴埋め戦略(catch up strategy)」と呼ばれている。

こうした考えの下では、経済、物価の上振れを容認する姿勢がFOMC内で優勢となりやすい。その結果、2020年の政策金利引き上げの可能性は限られるのではないか。

経済、物価が上振れても、FRBがそれを容認し、政策金利の引き上げを見送る姿勢を維持すれば、中長期的なインフレ期待が高まり、財政環境の悪化やドルの信認低下と相まって長期金利を大きく押し上げる可能性も生じ得るだろう。それが社債市場を中心に金融市場の大きな調整を誘発するというのが、米国金融政策に端を発する2020年の世界経済・金融市場の大きなリスクではないか。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。