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ラガルドECB総裁が中銀デジタル通貨発行の検討を明言

欧州中央銀行(ECB)が、中銀デジタル通貨「デジタルユーロ(eユーロ)」の発行に向けて、本格的な検討に着手した。中銀デジタル通貨の発行に慎重な米国や日本との間で、姿勢の差がより明確になってきた。

欧州連合(EU)は12月5日に、既存通貨の裏付けなどで価値を安定させた「ステーブルコイン」の利点を評価する声明を発表した。さらに、共通通貨ユーロを発行するECBやその他の欧州の中央銀行に対して、デジタル通貨発行の検討を求めた。これにECBが迅速に反応したのである。

ラガルドECB総裁は12日の会見で、「既に作業部会を立ち上げており、取り組みを加速させるつもりだ」と発言した。2日の欧州議会では、「金融産業ではステーブルコインなどが登場し、現在の決済システムを崩壊させかねない状況だ。ECBは座して待つようなことはしない」と述べていた。ECBは、実証実験などを2020年半ばまでに行い、コスト削減効果などを検証する。

ECBは日本銀行と共同で「ブロックチェーン(分散型台帳技術)」の研究を2016年から続けてきた。ただしこの技術は、中銀デジタル通貨発行のためではなく、日銀ネットなど銀行間資金決済にブロックチェーンが利用できるかどうかの検証であった。

中銀間での規格、技術の覇権争い

従来中銀デジタル通貨の発行に慎重であったECBが、その姿勢を大きく転換させるきっかけとなったのが、6月のリブラ計画の発表である。リブラは決済手段としてグローバルに広く利用される潜在力を持っていることが、金融当局の警戒心を一気に煽った。リブラの利用が広がると、中央銀行の業務に支障をもたらす、金融政策の効果を損ねる、マネーロンダリング(資金洗浄)など犯罪に利用されやすい、などといった諸問題を生じさせることから、いわゆるリブラ潰しのために中銀デジタル通貨を発行するという議論が高まっているのである。

さらに、中国が中銀デジタル通貨「デジタル人民元」を発行する計画を示したことも、ECBがデジタルユーロ(eユーロ)の発行の検討に前向きとなったきっかけだ。それは、デジタル人民元が欧州地域で利用されることを警戒するというよりも、中国に中銀デジタル通貨の規格、技術面で主導権を握られることへの警戒だろう。

ECB理事会のメンバーでもあるビルロワドガロー仏中銀総裁は4日、「ECBが他の中銀に先駆けてデジタル通貨を発行したいなら早急に動く必要がある」と述べるとともも、「少なくとも大規模な中銀デジタル通貨の発行に向けて早急に動けば、ある程度優位になる。そうなればわれわれは世界初の発行中央銀行となり、われわれの中銀デジタル通貨がベンチマークになる、という利点を得られる」としている。

日本銀行も内部での検証作業を進めよ

計画発表から半年経過しても、リブラ構想自体は進んでいない。しかし、その計画をきっかけに、中銀デジタル通貨を巡る中央銀行間の競争は、急速に激しさを増してきた。

欧州地域での中銀デジタル通貨の検討開始は、中銀デジタル通貨を巡る日本銀行の慎重姿勢を直ぐに変えることにはならないだろう。しかし、中国に続いて欧州でも中銀デジタル通貨の発行計画が進めば、国内世論あるいは政府、国会は、日本銀行に中銀デジタル通貨発行の是非を検討し、判断を示すように求めるようになるのではないか。日本における中銀デジタル通貨発行の議論には、他の中央銀行との競争やリブラ対策だけではなく、主要国の中で最も遅れているキャッシュレス化を進める起爆剤とする、という日本独自の論点も含まれている。

そして現在は、中銀デジタル通貨の発行で日本銀行と足並みを揃えている米連邦準備制度理事会(FRB)内でも、中銀デジタル通貨の発行に向けた議論が高まってくれば、主要国内での孤立を避ける観点から日本銀行も否応なしに議論を進めることを強いられるだろう。そうした事態に備えるためにも、日本銀行は今のうちから、内部での検証をしっかりと進めておく必要がある。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。