&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

中国人民銀行は年初に預金準備率を引き下げ

中国人民銀行(中央銀行)は1月1日に全金融機関の預金準備率を0.5%引き下げる措置を発表し、6日に実施した。これは、春節(旧正月、今年は1月25日)前後の資金ひっ迫という季節的要因への対応の側面と、中小零細企業の資金繰りを助けることで経済成長を支えるという金融緩和の双方の狙いを合わせ持つ措置だ。

預金準備率の引き下げは2018年年初以降8回目であり、全金融機関を対象とした引き下げは2019年9月以来4か月ぶりのこととなる。大手銀の預金準備率は、13%から12.5%に下がる。

中国人民銀行は、昨年1月4日にも預金準備率の全面引き下げを実施したが、それは、1月が資金需給がひっ迫しやすい季節であるためだ。今年1月には6千億元のリバースレポが満期を迎え、さらに納税や地方政府の特別債発行が資金需要を強める。また春節期間中の現金需要の高まりも資金需給のひっ迫要因となる。預金準備率引き下げによる所要準備の水準引き下げは、こうした資金需給ひっ迫を緩和させる。

中小零細企業の資金繰りを助ける意図も

預金準備率の引き下げは、資金需給のひっ迫傾向を緩和させるのみならず、銀行の貸出を促し、民間企業の資金調達を助ける。いわば金融緩和効果が期待できるのである。

中国人民銀行によると、預金準備率の引き下げで銀行の貸出余力は約8,000億元(約12.8兆円)高まるという。そのうち中小銀行については、約1,200億元である。中国人民銀行は、地域経済に立脚する中小銀行が、小規模・零細企業向けの貸出を拡大させることを期待している。中国人民銀行は5日にも、中小企業の資金調達を今後も支援するとの姿勢を別途明らかにしている。

中国人民銀行は、資金調達コストの高さが中小銀行の貸出拡大を阻害していると考えており、預金準備率の引き下げが、中小銀行の資金調達コストを低下させる効果も期待している。

しかし中国人民銀行は、今回の預金準備率の引き下げは、金融政策スタンスの変更を意味するものではないとも説明しており、大規模な刺激策の導入に慎重な姿勢を改めて強調している。その背景には、金融緩和姿勢を強調することで、金融機関が不動産向け貸出などの拡大で過度のリスクテイクを行い、それが金融システム不安につながる可能性があるためだ。

金融システムの安定にも配慮

2019年5月に、中国人民銀行は21年ぶりに商業銀行の「包商銀行」を公的管理下に置いた。これをきっかけに、中小銀行の経営に対する不信感が高まり、資金調達コストの上昇を招いた。

中国人民銀行は、預金準備率の引き下げというマクロ政策を通じて、中小銀行の資金調達コストを低下させ、その経営の安定化を図る一方、個別銀行のモニタリングを通じて過度なリスクテイクを抑制するというポリシーミックスを続けていくだろう。他方で、政策金利の引下げなどの本格的な金融緩和策を実施すれば、人民元安圧力を生じさせ、米国から通貨安政策と批判されるおそれもある。これも、預金準備率の引き下げ措置を決めた背景にあるのではないか。

預金準備率の引き下げは銀行の支払い準備を減らすことになり、金融システムの安定にはむしろ逆行する政策でもある。こうした政策をとらざるを得ない点に、中国人民銀行が直面する政策運営の難しさが表れていよう。経済の安定、金融システムの安定、通貨の安定を同時に達成するために、様々な措置を組み合わせる、いわば綱渡りの政策運営を、中国人民銀行は今年も強いられる。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。