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中銀デジタル通貨「e-クローナ」の試験運用が始まる

スウェーデンの中央銀行であるリクスバンクは昨年12月、コンサルティング会社大手のアクセンチュアと連携して、中銀デジタル通貨「e-クローナ」の試験運用(pilot project)を始めることを発表した。2020年に試験環境下で機能するかどうかのテストを試み、技術的な問題を検証する方針だ。

具体的には、スマートフォンなどを使ってデジタル通貨の支払いを可能にするようなシステムを開発し、決済サービス業者や小売店でそのシステムが問題なく利用できるかどうかを検証する。

中国が中銀デジタル通貨、いわゆる「デジタル人民元」を主要国の中で初めて発行することが予想されているが、主要中央銀行の中で中銀デジタル通貨の試験運用の実施を正式に表明したのは、リクスバンクが初めてである。

2020年年末までこの試験運用を続けるという。それを踏まえ、最短では2021年にe-クローナを発行する可能性も考えられるところだが、それは未定である。リクスバンクは必要に応じて試験運用を延長するとしており、その期間は最長で7年間としている。

リクスバンクは、2016年にe-クローナの検討を明らかにし、2017年の春にそのプロジェクトに着手したが、現時点でもなお発行するかどうかを決めていないと強調しており、慎重な姿勢が際立っている。

スウェーデンで急速に進むキャッシュレス

リクスバンクがe-クローナの発行を検討し始める大きなきっかけとなったのは、スウェーデンでの急速なキャッシュレス化の進展、現金利用の低下であった。現金流通額のGDP(国内総生産)比率は2018年に1.3%と、日本の約20%、ユーロ圏の11%、米国の約8%、英国の約4%等に比べて著しく低くなっている。

リクスバンクが昨年公表した調査によると、2018年時点で、最近現金を使用したスウェーデン人の比率は僅か13%と、2010年時点の39%から3分の1まで低下している。また、商店の5割が「2025年には現金が使えなくなる」と回答している。

首都ストックホルムでは、コーヒーショップに入っても、カードリーダーの横に「キャッシュフリー(現金お断り)」のプレートがあり、近くのパン屋も、市場の花屋も、路面のホットドッグ屋でも支払いはカードかスマートフォン決済だけだという。また有料の公衆トイレでも「カード・オンリー(カード支払いのみ)」の表示があるという(朝日新聞 2019年11月3日)。鉄道でも、地方駅の有人窓口のほとんどが閉鎖され、自動券売機のみに置き換えられているが、その券売機ではカードしか使えない。

このように、小売業者が法定通貨である現金の受け取りを拒否することは違法行為のようにも思えるが、小売業者が「現金お断り」と店頭に表示している場合、消費者もそれを受け入れたうえで商品を購入しようとしていると解釈されるため、現金での支払いを小売店が拒否することに違法性はないという。

スウィッシュの利用が急拡大

スウェーデンでのキャッシュレス化を加速させたのが、2012年にサービスが始められたスウィッシュ(Swish)だ。これは大手銀行が共同開発したサービスで、専用のスマホアプリをインストールし、アプリ上で送金したい相手の携帯電話番号と金額を入力するだけで、電話番号に紐付けされた口座間で瞬時に送金が行われる。手数料は無料である。個人間で簡単に送金でき、割り勘などにも便利だ。利用者は710万人と全人口の実に7割ほどにも達している。

このスウィッシュの利用拡大が、スウェーデンの現金需要の減少に拍車をかけた一方で、現金を利用したい人が現金を手に入れることがより難しくなっているという面もある。

民間銀行はほとんどの支店で現金の扱いをやめている。こうした支店のキャッシュレス化に合わせて、一時ATM設置数が増えたことがある。しかし2011年をピークに、ATMの台数は減り始めたという。それは、現金に対する需要が減少したことと、ATMの利用者が減るにつれてATMの維持コストがかさむようになったことが原因であるようだ。

すべての住民は25キロ圏内で現金を手に入れられるように銀行は義務づけられているが、それはかなり緩い義務規定だ。そのもとで、スウェーデンで現金を入手することは確実に難しくなっているのである。

リスクバンクは、過去350年間発行を続けてきた現金が消滅してしまうことを、強く警戒している。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。