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政府の経済対策の効果を経済見通しに反映

日本銀行は、1月21日に開かれた金融政策決定会合で、金融政策の現状維持を決めた。国内経済は弱さを残しつつも安定を維持する一方、海外経済には中国、米国を中心に持ち直しの兆しがみられる。また、年初に一時的に円高に振れた為替も、足もとでは円は対ドルで110円程度の水準で安定を維持している。さらに、海外の主要中央銀行が様子見の政策を続けている。こうした環境下で日本銀行が金融緩和策を実施する理由はない。実際、今回の会合での政策変更は、事前にはほとんど予想されていなかった。

展望レポート(基本的見解)では、実質GDP成長率の平均的な見通しが上方修正された。2019年度の成長率見通しの中央値は、前回昨年10月時点の+0.6%から今回+0.8%へと0.2%ポイント上方修正された。2020年度の見通し中央値も0.2%ポイント上方修正され+0.9%となった。2021年度については0.1%ポイント上方修正され+1.1%となった。

見通し上方修正の最大の理由は、政府が閣議決定した事業総額26兆円にも達する大型経済対策である。政府は、この対策はGDPを1.4%押し上げると説明している。

ただし、今回の日本銀行の2019年度から2021年度の実質GDP成長率見通し(中央値)の上方修正幅は、概算で合計0.5%ポイント程度であることから、経済対策の効果については、政府の公式な見方よりも日本銀行は慎重である。

展望レポート(基本的見解)の本文では、「国内需要も(中略)きわめて緩和的な金融環境や積極的な政府支出などを背景に、(中略)増加基調を辿ると見込まれる」としており、金融政策と財政政策の協調のプラスの効果を謳っている。しかし、経済対策の効果の規模については、日本銀行は、政治的な思惑を含む政府の見解とは一定の距離感をとってみせた形だ。

東京五輪後の深刻な経済の落ち込みは想定しない

他方で、2019年度から2021年度の消費者物価見通し(制度変更の影響を除く)については、各年度で0.1%ずつの下方修正となった。日本銀行は先行きの物価上昇率が高まると予想する理由の第1に、需給ギャップが先行き改善していくことを挙げている。つまり、マクロ経済環境の改善が物価上昇率を高める第1の要因であるとしてきた。それにも関わらず、今回、日本銀行が成長率見通しを上方修正する一方で、物価見通しを下方修正しているのは、今までの説明とは食い違っている面がある。これは、経済環境が改善しても物価上昇率は容易には高まらない、という一種の諦めを反映しているのかもしれない。

もう一点注目しておきたいのは、2019年度から2021年度にかけて、実質GDP成長率(中央値)の水準が、着実に高まる見通しとなっている点である。これは、政府が懸念する2019年10月の消費税引き上げや2020年夏の東京五輪の終了が、経済活動に対して深刻な悪影響を与えないという日本銀行の判断を示していると言えるだろう。

そして、2020年夏の東京五輪の終了後も経済環境は安定を維持することが確認できれば、日本銀行は2021年にマイナス金利政策の解除という金融政策の正常化策を検討し始める可能性を、この数字から読み取ることもできるのではないか。その時点で物価上昇率が目標値の2%を大きく下回っていても、それは正常化の障害とはならないのではないか。

日本銀行がマイナス金利政策の解除の検討を開始し、その実施に向けて市場との対話を始める際には、経済環境の安定は維持されることが必要条件であることは勿論であるが、加えて、日本銀行の金融政策に大きな影響を与える為替が安定を維持していることも重要な必要条件となる。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。