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中銀デジタル通貨発行で足並みを揃える訳ではない

日本銀行を含む6つの中央銀行(カナダ銀行、イングランド銀行、日本銀行、欧州中央銀行、スウェーデン・リクスバンク、スイス国立銀行)と国際決済銀行(BIS)は1月21日、中銀デジタル通貨の活用可能性を評価するためのグループを設立することを、それぞれ声明文で明らかにした。

その狙いは各中央銀行間での「知見の共有」と説明されており、このグループ設立が、各中央銀行による中銀デジタル通貨創設に直結する訳ではない。

6つの中央銀行の中には、以前から中銀デジタル通貨の発行を検討しており、今年からは実証実験を始めたスウェーデンの中央銀行リクスバンク、昨年末からにわかに中銀デジタル通貨発行の検討に前向きに転じた欧州中央銀行、長らく関連研究を続けてきたイングランド銀行、米国と並んで中銀デジタル通貨の発行に慎重だった日本銀行、と中銀デジタル通貨の発行に対する姿勢はばらばらである。

そうした中央銀行が一気に中銀デジタル通貨創設で足並みを揃えるとは考えにくいところだ。日本銀行の場合には、「日本銀行も中銀デジタル通貨の発行を検討すべきだ」という国内での意見に応えて、調査・研究や他の中央銀行との情報共有を行なっていることをアピールする、いわば証拠づくりの狙いもあるのかもしれない。今後も日本銀行は、「中銀デジタル通貨発行を検討していないが、調査・研究は続けていく」という従来通りの説明を繰り返すだろう。

リブラへの対応が狙いの一つ

しかし、こうしたグループが創設された背景には、中銀デジタル通貨発行の是非を真剣に考えなくてはならない、という各中央銀行間で共通した意識の高まりがあったはずだ。

きっかけとなったのは、フェイスブックが主導する新型デジタル通貨「リブラ」構想と、中国が計画している中銀デジタル通貨「デジタル人民元」の発行計画の2つだ。

リブラのような民間デジタル通貨の利用が広まると、金融政策の効果を低下させるなど様々な問題を生じさせる。そこで、中銀デジタル通貨を発行することで民間デジタル通貨の利用を抑えることが検討されている。デジタル人民元の計画や、欧州中央銀行が検討しているデジタル・ユーロも、いわゆるリブラ対応、場合によってはリブラ潰しを強く意識したものだ。

デジタル人民元への強い警戒

ところが、一国・地域の中銀デジタル通貨という枠組みだけでは、十分にリブラに対抗できない。それは、リブラはグローバル通貨として設計されており、国境を越えた送金に非常に強みを持つためだ。中銀デジタル通貨が一国・地域内に概ねとどまるのであれば、この点ではリブラに対して優位に立つことは難しくなってしまう。

そこで、一国・地域の中銀デジタル通貨を、国境を越えた送金に広く利用できるようにするためには、他国の中央銀行の協力が欠かせない。声明文には「クロスボーダーの相互運用性」と書かれているのは、この点を意味しているのではないか。

そして、デジタル人民元の発行も、各中央銀行にとっては脅威である。それは、中銀デジタル通貨について、中国が技術などでの主導権を握り、世界の標準となってしまうことへの危機感である。デジタル人民元はブロックチェーン技術に基づく仕組みとなるが、中国政府はこのブロックチェーン技術で世界をリードする考えを表明している。

さらにデジタル人民元発行の狙いには、海外での利用を広げることで、人民元国際化の起爆剤とすることもある。これは中国と米国の間の通貨覇権争いの一端でもある。デジタル人民元が自国で使われ、通貨主権が脅かされることを警戒する中央銀行もあるだろう。

ドル一極集中への対応も狙いに

今回のグループには、中銀デジタル通貨を検討しないと明言した米国に加えて、中国も入っていない。グループの狙いの一つがデジタル人民元への対応であることを踏まえれば、これは当然のことである。

ちなみに米国が中銀デジタル通貨に否定的な理由の一つは、民間デジタル通貨と同様に中銀デジタル通貨が、現在の国際銀行間送金に代わって国際送金に広く利用されるようになれば、ドル建ての国際銀行間送金を牛耳っている米国の影響力が低下してしまうことに対する警戒もあるだろう。

他方、欧州の中央銀行が中銀デジタル通貨の発行を検討する理由の一つには、国際市場でのドルのプレゼンスを低下させ、ドル一極集中の弊害を減らす狙いもあるとみられる。この点から、欧州中銀が中銀デジタル通貨の発行を検討する際には、中国に加えて米国との間の通貨覇権問題が絡んでくるのである。

通貨のデジタル化は歴史の必然

既に述べたように、新たにグループを設立するからといって、各国・地域が足並みを揃えて中央銀行デジタル通貨の発行に直ぐに動く訳ではない。ただし、各国・地域がそれぞれの政策判断で、それぞれのタイミングで中央銀行デジタル通貨を発行していくにしても、国際送金の枠組みでは協力する、あるいは中央銀行デジタル通貨のプラットフォームを共通化していく、などの措置が進んでいく可能性があるだろう。さらに将来的には、主に国際送金で利用できる主要通貨のバスケットから構成される統一されたグローバル中銀デジタル通貨が生まれるかもしれない。

通貨のデジタル化はいわば歴史の必然だ。信用力の高い中銀デジタル通貨の発行は、その流れを後押しするはずだ。他方、既に見てきたように、現在の中銀デジタル通貨の議論は、そうした観点よりも、国家間の通貨覇権争いや技術覇権争いに突き動かされている面が強まっている。

筆者は、民間のイノベーションを重視するという観点などから、民間と中央銀行とが協力した形で運営される、ハイブリッド型のデジタル通貨も検討に値すると考えている。新しいグループでは、この点も議論を深めて欲しいところだ。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。