新型肺炎と東京五輪がテレワーク拡大の起爆剤に
新型肺炎の国内での拡大を受けて、NTTグループは2月17日から従業員に対して時差出勤やテレワークの実施を推奨した。具体的な対応は、合計約20万人の従業員を抱える各グループ会社に任される。既に新型肺炎対策としてテレワーク、在宅勤務を推奨している企業が出てきているが、こうした大手企業が実施することで、今後追随する企業が多く出てくるだろう。
新型コロナウイルス感染症への対応で、政府は2月16日に専門家会議を初めて開いたが、そこで国立感染症研究所長も、テレワークの促進や時差出勤を呼び掛けている。
今夏の東京五輪では、公共交通機関の利用者が増加する。例えば、東京メトロ・都営地下鉄の現在の一日当たりの乗降者数は平均850万人だが、五輪中の一日当たりの会場来場者数は最大 92 万人に達すると予測され、乗客数が10%以上増える可能性がある。そこで、交通混雑を避ける目的から、政府はテレワークを呼び掛けている。そのモデルとなったのは、2012年のロンドン五輪だ。政府の呼びかけでロンドン市内の企業の約8割の企業がテレワークを実施し、これにより交通混乱を回避できたという。
新型肺炎の国内での拡大とこの東京五輪の開催とが重なることで、それがいわば起爆剤となって、今まで必ずしも広がっていなかったテレワークの導入が企業の間で進み、制度として定着するきっかけとなる可能性も考えられるところだ。これは、プラスの経済効果を生み出す潜在力を持っている。
テレワークの生産性への影響は状況次第
テレワークの拡大は、公共交通機関の利用減少など、経済の需要面にはマイナスの効果を生じさせる面があるとはいえ、経済の供給面にはプラスの効果を生みやすい。明らかにプラスの効果と言えるのは、身障者、高齢者、子育て中の女性など、いわゆる通勤弱者に新規雇用への道を開き、労働供給の拡大につながることだ。
他方で、通勤時間に費やす時間が労働に振り向けられる分、一人当たりの労働供給(総労働時間)が増加することを経済の供給面でのプラス効果とする向きもあるが、この点は不確実である。自宅勤務で自らの時間管理が疎かになることで労働時間が長くなってしまう、との調査結果もある。この場合、労働時間の延長分に見合って時間当たり生産性上昇率が低下し、さらに、労働時間の延長分に対して追加の給与が支払われないのであれば、マクロ経済には中立的となる。
過去の研究結果を見ても、テレワークによる在宅勤務が、通勤の苦痛から逃れることで身体面から労働生産性にプラスとなるか、あるいはマイナスになるかは必ずしも明確ではない。他方、業務の種類によってテレワークが労働生産性上昇率に与える影響は異なり、単純作業の労働と比較して、創造的な労働ではそのプラス効果が高まる、との研究結果があり、それには一定の納得感がある。
プラス効果を引き出す形でのテレワーク拡大の取り組みが重要
また、2018年に国土交通省が発表した調査(平成29年度テレワーク人口動態調査)によると、業種別に見たテレワーカーの割合では、情報通信業がトップで33.8%(雇用型テレワーカー)となる一方、医療・福祉、宿泊・飲食業ではそれぞれ8.4%、7.2%とかなり低くなっている。テレワークによって業務に支障が生じないかどうか、労働生産性上昇率にプラスとなるかどうかは、業種によって大きく異なるのである。
この点から、すべての企業に対して同じペースで一律にテレワークの拡大を求めることは、望ましくなく、それは弊害も生んでしまうだろう。
また、テレワークによる在宅勤務者を公正に人事評価するには、業務の範囲、責任などが明確化されている「ジョブ型」の雇用形態が向いている。このような新たな雇用形態の拡大と平仄を合わせて、テレワークを広げていくことも必要となろう。
このように、テレワークの拡大がすべて経済や雇用環境にプラスになるわけではないが、それがプラスとなるような業種、職種でテレワークを拡大させるよう、それぞれの企業が独自の取り組みを進めていくことが重要だ。新型肺炎および東京五輪は、そうした取り組みのきっかけとなるだろう。
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