日本銀行の「総裁談話」は金融緩和の予告ではない
3月2日の午前に、日本銀行は「総裁談話」を発表した。内容は以下の通りである。
「最近の内外金融資本市場では、新型コロナウイルス感染症の拡大により経済の先行きに対する不透明感が強まるもとで、不安定な動きが続いている。日本銀行としては、今後の動向を注視しつつ、適切な金融市場調節や資産買入れの実施を通じて、潤沢な資金供給と金融市場の安定確保に努めていく方針である」。
これを、追加緩和実施の予告と考えるのは誤りだろう。ここで「適切に実施」するものとして挙げられているのは、政策金利引下げなどの金融政策運営ではなく、金融政策目標ではない「金融市場調節や資産買入れ」についてのみである。
このメッセージは、先週末に進んだ円高をけん制する意図で出されたものだろう。そして、米連邦準備制度理事会(FRB)が先週金曜日に出した緊急声明を後追いするものだ。それを通じて、一定程度の協調姿勢を見せたとも言える。
総裁談話が出されたのは、2016年6月の「英国のEU離脱問題に関する財務大臣・日本銀行総裁共同談話」以来である。それ以前も、金融政策とは異なるテーマで出されることが多い。利下げを明確に示唆したFRBの緊急声明と比べるとかなり軽量である。
4月以降に日本銀行が追加緩和実施の可能性も
今後、新型肺炎の拡大が実体経済に与える悪影響がより深刻となる見通しが強まり、株価急落など金融市場の混乱がさらに強まる場合には、各国主要中銀が協調利下げを実施する可能性も出てくるだろう。しかし、現時点では、そこまでにはまだかなりの距離がある。
金融政策面での実効性を高めるため、欧州の中央銀行あるいは日本銀行は、国際協調を強く演出する戦略をとる可能性がある。その場合、金融市場の混乱に協調して対応するとの緊急声明が、日米欧の主要中央銀行から出される可能性もあるだろう。少なくとも、各国緊急協調利下げが実施されるよりも前の段階で、協調緊急声明が出されるのではないか。ただし、現状ではそこまで事態は悪化していない。
日本銀行にとって大きな懸念材料であるのは、FRBが追加緩和を強く示唆するなかで、円高ドル安が相応に進んでいることだ。昨年は、FRBの追加緩和が米国経済、世界経済を支えるという楽観的な期待が維持され、追加緩和観測が円高ドル安につながらなかった。FRBの金融政策に対する市場の信頼感が薄れている、あるいはFRBの神通力が低下している可能性がある。
既に市場に強く織り込まれてしまったこともあり、FRBが3月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で政策金利引き下げを実施する可能性はかなり高まった。さらにそれ以降も追加緩和を実施するとの観測が強まれば、為替市場では円高ドル安が進行するだろう。
その結果、為替市場で円が1ドル100円に接近する、あるいはそれを超えて円高が進めば、日本銀行も0.1%の政策金利引下げを実施せざるを得なくなろう。日本銀行の政策金利引下げが、3月の決定会合で実施される可能性はなお限られるが、今後のFRBの緩和姿勢と金融市場の動向次第では、4月以降の決定会合、あるいは緊急会合での追加緩和の実施は考えられる情勢であろう。
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