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予備選山場のスーパーチューズデー

米大統領選は、3月3日(火)に予備選最大の山場となる「スーパーチューズデー」を迎える。これまでの4つの州での予備選、党員集会では、得票数で一位を獲得した民主党候補者が3人となるなど、緒戦はかなりの混戦模様となった。

初戦アイオワ州の民主党党員集会で一位となったブティジェッジ候補は、サウスカロライナ州予備選での失速を受けて、大統領選から撤退すると報じられている。その場合、民主党大統領候補は、サンダース氏、バイデン氏、そしてスーパーチューズデーから選挙戦に参戦するブルームバーグ氏の3氏を中心とする争いの構図となっていくだろう。

スーパーチューズデーでは、共に中道・穏健派であるバイデン氏とブルームバーグ氏が票を奪い合う結果、左派のサンダース氏がやや有利、というのが、現時点での一般的な見立てなのではないか。実際、事前の世論調査では、カリフォルニア州や南部テキサス州といった重要州でサンダース氏が優位に立っている。

サンダース氏優位で緩やかなトリプル安傾向か

スーパーチューズデーでの民主党予備選挙の投票結果を受けて、金融市場はどう動くだろうか。左派のサンダース氏が優勢となる場合、市場は2つの異なる観点からその結果を評価するだろう。

自らを「民主社会主義者」と称する左派のサンダース氏が、実際に大統領となった場合、反企業的な経済政策が実施されるとの懸念から、株安要因となりやすい。また、国民皆保険制度の導入などを通じて、財政赤字を一段と拡大させるとの懸念は、債券安要因となる。さらに、株安、債券安となれば、海外への資金逃避が促されるとの連想から、ドル安要因となろう。

サンダース氏は、議会による米連邦準備制度理事会(FRB)への監督機能を強化することも主張している。これは、金融市場を安定化させる役割をFRBに強く期待している金融市場にとっては、悪材料だ。

他方で、左派色の強いサンダース氏が民主党大統領候補となれば、本選に向けて中道無党派層の票を取り込むことが難しく、その結果、共和党のトランプ大統領の再選を許す、との観測も同時に生じやすくなる。その場合、親企業的な政策が続けられるとの観測から、株高、ドル高要因となるだろう。

このように、左派のサンダース氏が優勢となる場合、市場は相反する2つの方向性を同時に織り込むことになるのではないか。それでも第1の要因の方がやや優勢であり、株安、債券安、ドル安のトリプル安傾向が緩やかに進むのではないか。

一方、中道派のバイデン氏とブルームバーグ氏が優勢となる場合には、サンダース氏の場合とは全く逆の反応を市場は示し、株高、債券高、ドル高のトリプル高傾向が緩やかに進むのではないか。ただし、いずれのケースでも、逆方向の力が互いに打ち消し合う形となることで、市場の反応は大きくならないと見込まれる。

ちなみに、米国内での新型コロナウイルスの感染拡大は、日本を含めて多くの国でそうであるように、現政権の支持率を押し下げる方向に働きやすい。特に、大統領選が近づく中でも政府が問題を終息させることができず、さらに景気減速と株価下落が続く場合には、それはトランプ大統領の再選を阻む大きな要因となるのではないか。

夏の民主党党大会の決選投票までもつれこむことも

ただし、資金力、組織力を追い風に、サンダース氏がスーパーチューズデーで優勢となるかどうかについても、なお不確実性が高い状況である。予備選挙の緒戦で大きく躓いたバイデン氏は、サウスカロライナ州の得票率では、サンダース氏を28ポイント以上上回る復活ぶりをみせた。バイデン氏がサウスカロライナ州のアフリカ系米国人から得た強い支持は、スーパーチューズデーでも同様に追い風となる可能性がある。スーパーチューズデー当日に選挙が行われる州の中には、黒人有権者の多い南部5州も含まれている。

また、クロブシャー氏とウォーレン氏がサンダース氏から票を奪う可能性もあるだろう。両氏はいずれもスーパーチューズデーで予備選が行われる州の議員であり、各州でサンダース氏の得票数を抑え得るからだ。

今回のスーパーチューズデーでは、全米で最も人口の多い西部カリフォルニア州でも予備選挙が行われ、この日で大統領候補を選ぶ代議員のうち、およそ3分の1が決まる。過去にはこのスーパーチューズデーで候補者が事実上、絞り込まれることも多かった。

しかし今回は、スーパーチューズデー後も混戦状態が続き、十分な選挙人を獲得する候補者が出てこない可能性がありそうだ。その場合には、指名候補選びが夏の民主党党大会での決選投票にもつれこむことになる。

民主党内部の分裂を改めて露呈する可能性

民主党の規約によれば、党大会の第1回の投票において、指名獲得に必要となる1991人の代議員の支持を獲得した候補者がいない場合には、特別代議員(現・元職の公職者が多い)が投票に参加する。それによって、候補者のうちの過半数を獲得した候補者が大統領候補となる。

しかし、党大会での投票決着という異例の状況に陥ることは、民主党が党内で大きく分裂していることを改めて国民に露呈することになり、大統領選挙の本選でも民主党に不利に働いてしまうのではないか。

民主党候補者の間では、大統領選挙での目標も大きく異なっているといえる。例えば、サンダース氏は、民主社会主義的な社会を実現するという社会変革を目指している。これに対して、ブルームバーグ氏は、単にトランプ大統領を打ち負かすことだけだ。

民主党が政権を奪還するためには、できる限り早期に大統領候補者を絞り込み、一本化していくことが必要だ。そのためには、やはりトランプ打倒の一点で、党が結束することしかないのではないか。


(参考資料)“Biden Has Limited Time to Leverage South Carolina Win”, Wall Street Journal, March 2, 2020

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。