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CP市場の動揺を受けFRBはCP買取りスキームを再開

米連邦準備制度理事会(FRB)は米国時間17日に、米企業が短期資金の調達のために発行するCP(コマーシャルペーパー)を買い入れる緊急措置を発動すると発表した。

これは「CPファンディング・ファシリティー(CPFF)」と呼ばれるスキームで、リーマン・ショック直後の2008年10月に導入され、2010年10月には廃止されていた。CP市場の混乱を受けて、9年半ぶりの復活となる。

FRBは米国時間15日に、実質ゼロ金利政策の導入と資産買入れの再開を決めたが、これはリーマン・ショック直後の対応そのものだ。そこにCP買入れスキームが加わったことで、FRBは再びリーマン・ショック後の危機対応を繰り返そうとしているようにも見える。まさに、既視感が溢れる危機対応となっているのである。

このCP買入れスキームでは、特別目的事業体(SPV)が、A1/P1格という高格付けの無担保CP、ABCP(資産担保CP)を直接発行体から買入れる。FRBはこのSPVに資金を貸し出すが、財務省がSPVに100億ドルを拠出することで、信用が補完される。買入れ規模は、最大で計1兆ドルだという。これは米国CP市場の規模と一致しており、必要ならばすべてのCPを買い取る準備があるという強いメッセージが込められている。

足もとでは、CP市場にかなりの動揺が見られていた。米国CP市場では、MMF(マネー・マーケット・ファンド)が主な買い手であるが、そのMMFが現金確保のために手持ちのCPの売却を進め、それがCPの金利を大きく押し上げていたのである。

CP市場は鬼門

こうして市場が動揺するなかでCPの発行が滞れば、企業の資金繰りに支障が生じてしまう。さらに、CPは自動車ローン、住宅ローンの原資ともなっており、CPの発行に支障が生じれば、企業だけではなく家計の経済活動も制限してしまうおそれがある。

リーマン・ショック時の経験を踏まえると、CPはまさに鬼門である。2008年のリーマン・ショックの前兆となった2007年8月のパリバ・ショックは、米国のMMFが、RMBS(住宅ローン担保証券)を担保として発行されたABCPの格下げを受けて、それを再び買入れる(ロールオーバー)ことをしなかったことがきっかけで起こった。MMFには、一定以上の格付けのCPにしか投資できないというルールがあったのである。そのため、ABCPで資金を調達していたファンド等は、にわかに資金繰りに窮することになった。

中央銀行は証券市場のリスクを引き受けていく

このように、CPの格下げやCP市場の混乱によってCPの発行が滞れば、企業や家計の経済活動に悪影響を与えるだけでなく、金融機関の経営を揺るがし、金融不安へとつながる可能性もあるだろう。

ところで、FRBが買入れの対象とする高格付けのCPは、主に大手企業が発行するものだ。今回の枠組みの下では、格付けの低いCP発行は対象でないため、中小企業の資金繰りを助けることにはならない。今後、中小企業が発行する格付けの低いCPで金利の上昇がより顕著となれば、FRBは、買入れ対象をより格付けの低いCPへと広げていくことを迫られるのではないか。

さらに、CPFFと同様の枠組みのもとで、FRBは社債の買入れを始める可能性もあるだろう。証券市場の機能が著しく低下する局面では、FRBは、事実上証券を直接買入れることで、市場からリスクを引き受けていくという、異例の危機対応を進めていくことを強いられるのではないか。そしてそれは、他の主要中央銀行についても同様だろう。

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。