ロックダウン(都市封鎖)を回避するための不要不急の外出自粛要請
政府が緊急事態宣言の発令に踏み切るのかどうか、国民は固唾を呑んで見守っている。今のところ政府は、感染拡大ペースが、緊急事態宣言の発令が必要となる状態に至るまで、「ぎりぎり持ちこたえている状況」との説明を繰り返している。
国民、そして東京都民にとって分かりにくいのは、仮に緊急事態宣言が発令され、そこで東京都が対象区域とされた場合、それは、小池都知事が3月25日の記者会見で突如持ち出した「ロックダウン(都市封鎖)」と同じことになるのか否か、という点ではないか。
小池都知事が25日に東京都民に週末の不要不急の外出自粛を呼び掛けた際には、「パリやニューヨークでは人っ子一人いない状況。(こうならないよう)皆様の協力をお願いしたい」と説明していた。つまり、ロックダウン(都市封鎖)をしなくて済むようにするため、より緩い制限である「不要不急の外出自粛」を都民に要請したのである。
緊急事態宣言が発令されればロックダウンの状態に近づくか
他方、改正新型インフルエンザ特措法に基づき緊急事態宣言が発令された場合、政府には以下のことが可能となる。
①外出自粛要請、興行場、催物等の制限等の要請・指示(潜伏期間、治癒するまでの期間等を考慮)、②住民に対する予防接種の実施(国による必要な財政負担)、③医療提供体制の確保(臨時の医療施設等)、④緊急物資の運送の要請・指示、⑤政令で定める特定物資の売渡しの要請・収用、⑥埋葬・火葬の特例、⑦生活関連物資等の価格の安定(国民生活安定緊急措置法等の的確な運用)、⑧行政上の申請期限の延長等、⑨政府関係金融機関等による融資等。
世界中で使われるようになったロックダウンという言葉には明確な定義はないが、リモートワークによる自宅待機、外出の原則禁止、生活必需品を販売する小売店以外の店舗・事業所の閉鎖、他都市間での移動制限、などではないか。
緊急事態宣言が発令された場合に政府が実施可能となる上記9つのうち、経済活動への影響が大きいのは、①の外出自粛要請、興行場、催物等の制限等の要請・指示だろう。ただし、これら外出の自粛要請やイベントの自粛要請は、東京都や政府が既に実施していることだ。
日本の法令の下では、イタリアやフランスのように、外出に罰金を科すなどの強制力はない。しかしながら、緊急事態宣言に基づく要請となれば、そこには法的根拠が生じることから、事実上はかなり強制力のある要請となるだろう。日本国民や企業は政府の方針を受け入れやすい、という特性に鑑みても、緊急事態宣言に対してかなり強い対応、場合によっては過剰な反応を見せるだろう。
東京都が外出自粛要請をした週末の3月28・29日には、山手線の利用者数は前年同期比70%減、小売業では来店数が前年同期比80%減という数字もあるという(3月31日、日本経済新聞による)。これは既にロックダウンの状態に近いが、緊急事態宣言が発令されれば、平日も含めて、事態は海外で広く実施されているロックダウンに、かなり近づくのではないか。
ロックダウンは経済に大きな打撃をもたらす
仮に、緊急事態宣言がロックダウンに近い状況をもたらすとすれば、それは経済活動に甚大な悪影響をもたらすことは避けられないだろう。既に本コラムで議論した点であるが(「 首都東京ロックダウン(都市封鎖)が経済に与える打撃 」、2020年3月26日)、仮に首都東京のロックダウンが1か月実施される場合、東京都の個人消費は2.49兆円減少し、日本の1年間のGDPを0.44%押し下げる計算となる。
また、仮にロックダウンが関東地方全体で実施されれば、そのGDPへの影響はそれぞれ5.9兆円、0.94%となる。また全国で実施されれば、それぞれ13.2兆円、2.31%となる。いずれにしても、経済に甚大な打撃を与えることになる。
ロックダウンの効果は不明確な面も
イタリアが全土で外出を原則禁じるロックダウンを実施したのは、3月10日のことだ。16日にはフランスのマクロン大統領が「今は戦争状態にある」として、事業閉鎖と国民の自宅待機を命じた。18日にはベルギー政府が外出を原則禁止とし、食料品店などを除く店舗は閉鎖した。そうした動きに、ドイツや英国も続いたのである。
問題は、このようにロックダウンを実施した国、州、都市では、依然として感染者数の増加に歯止めが掛かっていないことだ。潜伏期間と推測される1~2週間が過ぎても、である。つまり、感染者数の動向からは、ロックダウンの明確な感染抑制効果が今のところは確認できていない。
ロックダウンが最も先に実施された中国の武漢市では、既に感染者数の増加は終息しており、ロックダウンが効果を見せたようにも思える。しかしこれについても専門家の見解は分かれており、武漢市でのロックダウンは、ウイルスの家庭内感染の拡大をむしろ促したとする意見もある。
感染者数の増加を抑え込んだのは、感染の疑いがある者や軽症の患者、さらには感染が確認された者の濃厚接触者を、当局が急速に作り上げた仮設病院と臨時隔離施設に送るという、強力な隔離政策によるものだ、とする専門家の意見をウォール・ストリート・ジャーナル紙は紹介している(注)。
緊急事態宣言の発令は極めて厳しい戦時判断に
このように、ロックダウンによる感染抑制効果が明確に確認できていない中で、経済に甚大な悪影響を与えるロックダウンに匹敵する非常事態宣言の発令の有無を、政府は検討しなければならないのである。これは、非常に難しい政治判断となるはずだ。
仮に、近い将来に東京都を対象区域とする緊急事態宣言の発令を決めれば、小池都知事が打ち出した外出自粛要請の効果を確認する前に、より強硬な措置を実施することになってしまうという問題も生じる。
米国では、経済活動に甚大な悪影響を与えることを懸念するトランプ大統領は、数週間以内に経済活動を再開したいと繰り返し述べていた。しかし、3月29日になって、30日に期限がきた「ソーシャル・ディスタンス(他者との距離)」確保に関する指針を、4月末まで延長することを突如発表したのである。トランプ大統領は、ロックダウンの経済に与える大きな打撃に配慮して、規制を緩めたいと考えたが、感染者数が急増を続ける中でその判断は揺らぎ、結局は規制継続を決めざるを得なかったのである。
緊急事態宣言の発令をするか否か、今まで実施してきた各種の新型コロナウイルス対策の中でも最も難しい政治判断を、日本政府は今、迫られている。
(注)"China’s Progress Against Coronavirus Used Draconian Tactics Not Deployed in the West", Wall Street Journal, March 25, 2020
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