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政府は大企業に1,000億円の出資か

4月2日の当コラムでは、日本政府による企業支援の対象が、中小・零細から今後は大企業へと拡大し、さらに欧米諸国に見られるように融資にとどまらず株式取得という形での公的支援へと拡大していく可能性を指摘した(「 日本でも大企業救済の局面に入っていくか 」、2020年4月2日)。

実際、本日の各種報道によれば、政府は来週取りまとめる緊急経済対策で、大企業向けの出資枠を設定する方針であることが明らかにされた。ここで利用されるのは、政府系金融機関である日本政策投資銀行の「特定投資業務」である。

日本政策投資銀行の説明によると、特定投資業務とは、「民間による成長資金の供給の促進を図るため、国からの一部出資(産投出資)を活用し、企業の競争力強化や地域活性化の観点から、成長資金の供給を時限的・集中的に実施することを企図して設けられたもの」であり、「民間資金の呼び水とし、新たな資金供給の担い手・市場・投資家を育成、民間主導の資金循環創出につなげることが期待される」とされる。

報道によれば、国は財政投融資資金を活用して、1,000億円規模の出資を行う。これに、日本政策投資銀行の手元資金を加えて、総額2,000億円規模の出資とする。さらにこれに合わせて、民間銀行が2,000億円規模の融資を実施し、総額4,000億円規模のスキームとなる。

民間資金の呼び水となることを意図された特定投資業務では、投融資の半分以上を民間でまかなうルールになっていることから、出資と同額の民間銀行融資が求められる。

予防的枠組みで将来は拡充も視野か

出資額は1社あたり数十億円から数百億円の規模で、議決権を持つ普通株ではなく優先株での出資を想定しているという。政府が当該企業に資本を投入することが一種の信用補完となり、民間銀行が融資を増加させやすい環境を作り出すことになるだろう。

政府がこの大企業支援スキームを検討した際に、第1に念頭にあったのは、新型コロナウイルス問題で大きな打撃を受けている航空業界だろう。しかし、いずれ支援が必要となる企業は、自動車など、他の業界にも広がりを見せてくる可能性がある。そこで、今回の措置は、将来のそうした事態を睨んだ、予防的枠組みと言えるのではないか。

当初は、比較的多くの大企業に、少額ずつの出資を行うことになるのではないか。政府の出資を受け入れることが、企業経営が不振であるとの風評につながることを警戒する企業、いわゆるスティグマ(烙印)を嫌う企業をこのスキームに参加させるため、まずは、多くの業種で多くの企業に参加を募るのではないか。そうであれば、これは、かつての銀行に対する公的資金投入の際の枠組みと似ている。

また、政府の経営関与につながる、議決権を持つ普通株ではなく、優先株での出資がなされる見込みである。これも、企業が政府からの出資を受け入れやすくするための措置であろう。

大企業の公的支援の意義について政府に大きな説明責任

こうして、政府は多くの大企業に各々少額の出資を実施した上で、しばらく事態を見守るのではないか。そのうえで、より経営状況が悪化した企業に対しては、出資を増やしていき、公的救済の色彩を強めていくのではないか。

ただしそうした際に、民間企業に公的資金、つまり国民の税金を投入する訳であることから、政府の説明責任は重いはずだ。対象となる大手企業に公的支援を実施することが、支援しない場合と比べて経済そして国民生活にとって長い目で見て明らかにプラスであること、等をしっかりと論証することが求められる。

また、特定投資業務の主旨に照らして、支援が企業の競争力強化や地域活性化にいかにつながるかについても、説明が求められる。

中小・零細企業の救済の場合には、雇用を守る、あるいは弱者救済という大義名分のもとで、国民の理解は比較的得やすい。しかし、大企業救済の場合には、支援の基準を、中小・零細企業の場合と比べて格段に詳細に国民に示すことも求められるなど、政策としての難度がより高まることは間違いない。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。